月光 82





 夜明け少し前に喉の渇きを覚えて颯斗は体を起こす。

隣に眠っているを起こさないようにベッドをそっと抜け出してキッチンへと向かった。

昨日、帰宅して荷物をそのままにしていたことを思い出した。

ミネラルウォーターで喉を潤してバッグを開ける。

携帯に着信があったらしくチカチカと光っていた。

発信者の名前を見て息を飲む。

「兄さん...」

メッセージが残されているらしく、震える手で再生ボタンを押した。

『今日はおめでとう。初めてのコンクールで入賞は、中々のものだと思う。だが、まだまだだな。とりあえず、お前の小さな応援団長に『お疲れ様』と伝えておいてくれ。またウチに顔を出せよ』

「小さな応援団長?」

年齢的な『小さな』なのか、それともサイズ的な『小さな』なのか...

たぶん、サイズ的なものの方で、つまり彼はに会ったと言うことだろうか。


粗方片づけをして再び寝室に戻るとはまだ気持ち良さそうに眠っている。

颯斗がベッドに戻るとが擦り寄ってきた。

何だか子猫のようだ。

彼女の頭を撫でながらクスリと笑う。

「おやすみなさい」

おでこにキスをして颯斗も目を瞑る。


颯斗が次に目を覚ましたのは外が随分と明るくなってからだ。

首を巡らせて部屋の中の時計を見ると既に昼前。

を起こすべきかと悩んだが、こんなに気持ち良さそうに寝ているのだ。しかも、昨晩は少し自分に余裕がなくて無理をさせた自覚もある。

結局そんな後ろめたさから彼女を起こすのはやめておいた。

とりあえず、身支度だけは整えようとそっとベッドを抜け出した。

紅茶を飲んで、新聞に目を通し、洗濯物を干して。

一通りの家事を済ませてもは起きてこない。

此処最近コンクール用の曲しか弾いていなかったので、久しぶりに好きにピアノを弾こうと思って思いのままに音を奏でる。

カタリと音がして顔を上げるとドアの隙間からがこちらを覗っていることに気が付いた。

「おはようございます」

「おはよう。ごめんなさい、寝坊しちゃった...」

しょんぼりしていうにクスリと笑って「こちらに来ませんか?」と颯斗が言う。

コクリと頷いてが颯斗の傍に寄る。

「おはようございます」と言って颯斗がキスをした。

「もうお昼になっちゃった...」

「では、ご飯にしますか?さっき、近くのベーカリーでパンを買ってきたんですよ」

「ピアノは良いの?」

「ええ。久しぶりに好き勝手に弾きたくなったので。コンクールのために気を張っていたので、戯れで」

そう言って颯斗はピアノの前から離れた。

の背を押してキッチンに向かい、彼女をリビングのソファに座らせて自分は紅茶を淹れる。


さん、今日はどうしましょうか」

温かな紅茶を淹れて朝食を摂りながら颯斗が問う。

「観光って、もう時間がない?」

「そんなことありませんよ。それに、さんがこちらにいらっしゃるのは今回が最後と言うわけではないのでしょう?」

颯斗に言われては頷く。

「でしたら、欲張らずにゆっくりしましょう。街並みを見るだけでも楽しいものですよ」

そういわれては「わかった」と少し機嫌が直った。

「そういえば...」

颯斗が思い出す。

さん、隼風兄さんとお会いになりました?」

「うん。コンクール2日目のお昼だったかな?カフェでご飯食べてたら会ったよ。何で知ってるの?」

が首を傾げる。

「何か言われませんでしたか?その、不愉快になるような...」

「大丈夫だったよ」

「そうですか」と颯斗は安堵の息を吐く。

自分は彼女の家族に温かい言葉をたくさん貰っているのに、それに対して自分の家族は彼女を傷つける言葉を浴びせた。

凄く恥ずかしいと思っている。

「颯斗くん?」

「あ、いえ。では、これを食べたら近くを観光しましょうか。この間、近所はご案内しましたから、もう少し遠くの方を」

「うん」

食事を済ませて出かける準備をして家を出た。


「こっちはちょっと寒いよね」

颯斗に前もって言われていたので厚手の服にしておいた。正解だ。

「そうですね。体調は崩されませんでしたか?」

「颯斗くんのアドバイスのお陰で大丈夫だよ」

が宮殿を見たいというので、そちらに向かった。

今日はそこに行ったらお終いになりそうだ。

颯斗と共に宮殿に入っては少し颯斗と距離を置く。

「どうかしましたか?」

「これが見たかったの?」

がこちらを見て言っているので颯斗は振り返って自分の背後を見たが、これと言って何もない。

「これ、ですか?」

「宮殿の中に佇む颯斗くん」

「はい?」

ビックリすることを言われた。

「えっと...」

「本物の王子様みたい」

笑って彼女が言う。

一瞬困った表情をした颯斗だったが、「では」と言っての前で片膝をついて彼女の手を取った。

さんは、お姫様ですね」

そう言って颯斗は彼女の手の甲にキスをする。

「ちょ、颯斗くん...!」

「だって、僕が王子様なんですよね?だったら、僕が愛するあなたはお姫様となるはずですよ?」

颯斗の言葉で見る見るうちにの顔が赤くなった。

彼女自身、顔が熱くなるのがわかる。

「では、参りましょうか。僕の姫」

上機嫌に颯斗はをエスコートする。

周囲から冷やかしの視線を向けられては俯く。

結局、宮殿の中を堪能することが出来なかった。

「まだ別の宮殿がありますので、それはまたの機会にしましょうね」

イタズラっぽく笑って颯斗が言う。

「意地悪...」

「そんなことありませんよ?」

そう言って颯斗はにキスをした。









桜風
13.5.31


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