| 夏の風物詩とはいえ、この蝉の大合唱は正直滅入る。8月の後半でもこの大合唱の勢いは衰えない。 「おい、永田。まだなのか」 珍しくテクテクと歩いている翼が永田に声を掛ける。 「ええ、この坂を上りきったところになります」 「ほんとーにはここにいるんだろうな。ガセネタじゃないのかぁ?」 「何を言う!この俺の秘書を務める永田が掴んだ情報だぞ。正確に決まっている」 しかし、此処に来てから既に30分は歩いている。 タクシーと言う選択肢がないのは、彼らが金持ちで普段運転手つきの車に乗っているからだろう。 そして、この道はリムジンだとかそういった車で走るには狭すぎる。 4人並んで歩いて道幅いっぱいだ。 「ねえ、慧。本当にせんせいはこの先に居るのかな?」 「さあ。わからないが、僕達には探せないだろうから成宮に頼んでみたのだが...」 天十郎にも分らなかったらしくて翼に助力を請うたはいいが元々仲が良くない2人が一緒に歩いていれば賑やかになり、また暑さが倍増だ。 背後からモーター音が聞こえてきた。 振り返るとスクーターがこちらに向かってきた。 「成宮、スクーターだ。道を開けろ」 「ん?ああ」 慧に言われて翼と喧嘩をしていた天十郎は言ったん矛を収め、道の端による。 この道は歩道と車道の区別がないので思わず道幅いっぱいに広がっていたのだ。 スクーターは彼らの間は縫って少し先で止まる。 運転手が振り返ってフルフェイスヘルメットを上げた。 「ああ!」とその場に居た全員が声を上げる。勿論、永田を除く。 スクーターを運転していたのはだった。 彼女は不思議そうに首を傾げて手をヒラヒラと振り、また坂を上っていく。 「ー!」 翼が叫ぶがそれを面白がるように軽くクラクションが鳴らされた。 「追うぞ、成宮!」 と翼。 「おう!千、行くぞ!!」 「あー、めんどうだ」 本当に心から面倒くさそうだ。 「那智!」 「はいはい、本当に居たね」 そう言って駆け出した若者達の後を永田はゆっくりと追いかける。 坂を上ったところに本当に学校があった。 「木造...」 初めて見た。 「職員室はこちらです」といつの間にか追いついてきた永田が案内を始める。 「!」 職員室を空けた途端、翼が叫ぶ。 「暑いから静かにしてー」とは何でもないことのように返しながら冷蔵庫を開けている。 麦茶を注いで応接スペースに彼らを案内してそれぞれの前にそれを置く。この学校にはクーラーがないらしく、窓を開け放して扇風機が動いているだけだった。 「どうしたの、久しぶりね。あ、成宮。奇跡の卒業おめでとう」 ケラケラと笑ってが言う。 「おう。...って何でが俺様の卒業を知ってるんだ?」 「真奈美先生に聞いたからに決まってるじゃん」 「What?!」 翼が声を上げる。 「あの新任はお前の居場所を知っていたのか?!」 「え、真奈美先生に聞いて来たんじゃないの?」 が真顔で聞き返す。 違う。真壁財閥の情報網を駆使して探し当てたのだ。 「だ..だが。お前、携帯変えただろう?」 最初に携帯に電話をしたが番号が使われていないと無機質な音声に言われてちょっと傷ついた。 「ああ、うん。ここってほら田舎でしょう?あの通信会社の携帯だったら電波入んないから変えたの。ついでに番号も。大丈夫よ、真壁。他のB6にも連絡してないから」 つまり、今度悟郎に会ったらめちゃめちゃ怒られると言うことだ。 「おーい、ちゃーん」 職員室の窓から生徒が声を掛けてきた。 「なに」 「や、目立つ男が大勢職員室目指してたから無事かな、ってー」 ユニフォームを着ている数人がグラウンド側から覗き込んでいる。 「ああ、教え子と同級生とその保護者だから。何かあったらその窓からグラウンドに逃げ込むからそんときはその金属バットでフルボッコにしてやって」 の返事に「なーんだ」とか「りょーかい」など彼らは口々に返事をしてグラウンドに戻っていく。 「...意外と人気があるんだな」 翼が呟くと 「魅力的ですからー」 とが返す。 「先生」 慧が立ち上がる。那智もそれに倣った。 そして、も立ち上がった。 「先生のお陰で、僕たちは揃って卒業できました。ありがとうございました」 慧はそう言って深々と頭を下げる。 「ありがとう、ございました」と少し不本意に那智も頭を下げる。 は目を細めて、「卒業、おめでとう」と声を掛ける。 自分がやめた後の話を聞くとは苦笑するしかなかった。 の辞職はその翌日に発表され、同じ日に那智の停学が発表された。 それからすぐにB6が動いたらしい。 那智からが辞職する経緯を聞き、彼女の「聖帝っ子舐めんな」という捨て台詞も彼らの耳に入ったため必要以上に闘志に火が点いたらしい。 が抜けた後は瑞希が頑張って外国語の授業をこなしてくれたとか、意外な友情を目にしたと那智が言う。 にとっても意外ではあった。だが、何だか心が温かくなった。一番短い期間のクラスメイトの彼らが自分の辞職に怒りを感じてくれたのだ。 元々彼らはあの理事長に疑問を感じて学園に戻ってきたのだろうが、それでも彼らの中に色々と計画があっただろうに、もしかしたら自分はそれを邪魔していたかもしれないのに。その後のフォローをしてくれた。 「あのさ、真壁」 「なんだ」 「あたし、みんなの邪魔しちゃった?」 覗うようにが問うと翼はちょっと驚いたように目を見開いたが、フンッと鼻で笑った。 「俺達を誰だと思っている?B6だぞ」 その言葉にはくしゃりと顔を歪める。 「そうだ、銀二さんから声はかかっていないか?」 翼の言葉に「ああ、うん。聞いたよ」とは頷く。 「戻るんだろう?」 「ううん」 「...は?」 翼が頓狂な声を上げた。 「Why?!何故だ!」 「だって、此処には産休育休の代替職員でここに入ってるんだからそれほっぽって戻れるはずないでしょう?だから、来年か再来年の試験日が決まったら連絡くださいってお願いしてる」 「えっと、先生。それはつまり...」 「もっかい、聖帝学園教師採用試験を受けるつもり。かっこよく辞めたのに簡単に出戻っちゃ恥ずかしいじゃない」 「はあ?!」と天十郎は声をあげ、「めんどうなことを...」と千聖が溜息をつく。 「あ、あの...先生。せっかくなのですから」と慧が何とか説得しようとし、「楽できることがあるなら楽しておいたほうが良いんじゃないの?」と那智も楽な出戻りを勧める。 「変わり者でお転婆でじゃじゃ馬な様らしいですね」 永田のコメントに「どーも」と返しては笑った。 「ま、聖帝以外で色んな学校生活を送ってみるわよ。これこそ、教師の醍醐味でしょう?」 あまりに彼女らしいコメントに皆は苦笑した。 そんな彼女だからこそ、生徒を救うことができ、そしてこれからも同じように救われる生徒はいるだろう。 皆は、何となく彼女の学校生活はこれからも波乱万丈に続くような気がした。 |
桜風
12.7.1
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