真夜中のハッピーバースデー





ふと時計を見るとそろそろ日付が変わる。

そろそろ寝なくては、と読んでいた本を閉じた。

机の上においていた携帯が光っていることに気が付き、手に取る。

』と表示されているそれは、着信を知らせている。

「もしもし」

『はぁい、颯斗。夜遅くに悪いわね』

そういった彼女の声は本当に久しぶりで思わず笑みが零れた。

「いいえ、さんから電話って珍しいですね」

『そう?ああ、時差とか考えるのがちょい面倒からね。えーと、ちょっと待ってね』

そう言って彼女が沈黙する。

どうしたのだろう、と颯斗は彼女の言葉を待った。

しかし、暫く待っても彼女は沈黙したままだ。

さん?」

『誕生日、おめでとう!』

返事の代わりにその言葉。

颯斗は目を丸くした。

壁にかけている時計を見ると12時を回っている。もしかして、その時間を待っていたのだろうか。

それよりも、

「そういえば、そうですね。ありがとうございます」

颯斗は自分の誕生日を覚えていなかった。

『また忘れてたの?まったく...』

呆れたように彼女が言う。

「すみません」と一応謝るが、彼の誕生日を祝ってくれたことがあるのは今電話をしているくらいだ。忘れても仕方のないことだと思う。

『ま、いいわ。おめでとう、颯斗。あなたにとって素敵な歳でありますように』

そう言ったの声は慈しみを孕み優しく、颯斗はうっかり泣きそうになる。

家の中で孤独を感じていたときも、時々やってくる姉の友人の彼女が名前を呼んでくれた。

あの家にいて、彼女だけが自分の名前を呼んでくれた貴重な存在だった。

姉は彼女の時間を取る自分のことを益々嫌ったが、それ以上に彼女がもたらしてくれる暖かな時間が颯斗にとって貴重で、大切なものだった。


さんは、今何処に居るんですか?」

プロの演奏家になった彼女は基本的に海外、特にヨーロッパで活動している。

時々日本に帰ってきて演奏してまたすぐに海外へ。彼女はたくさんの人に望まれ、忙しい生活を送っている。

『何処だと思う?』

悪戯っぽく彼女が笑いながら言う。

ふと、颯斗は思い立った。慌ててベッドから降りてカーテンを開ける。

『あら、見つかった?』

「何やってるんですか!」

電話越しに怒鳴る。こんな遅い時間に一人外に立っているのだ。

『だって、午前0時なんて、確実に門限過ぎてるでしょう?』

肩を竦めて言う彼女に「そこで待っててください」と颯斗が言う。

『どうして?』

「抜け出します」

『はあ?!それはそれで颯斗が拙いでしょう?いいわよ、大丈夫。車で来てるんだから』

「駐車している場所までお送りします」

そう言って颯斗は電話を切って有言実行した。


「呆れた...」

「それは僕のセリフです。まったく...」

目の前で盛大な溜息をつく颯斗には肩を竦める。

「車はどこですか?」

「ちょっと先。すぐ近くまで乗りつけたらやっぱり夜中だし迷惑でしょう?」

そう言って歩き出した彼女に並んで颯斗は歩き出す。

「こっちで演奏会ですか?」

颯斗が問うと彼女は「ううん」と首を横に振る。

「じゃあ、休暇ですか?」

「休暇といえば、休暇..かな?」

どういうことだろう。

「颯斗の誕生日でしょう?」

「はい?」

何を言っているのだろうか。

「スケジュール的に空いたからさ。せっかくだし、颯斗の誕生日でもお祝いしに帰ろうかと思って」

何でもないことのように彼女が言う。

「僕のために、帰国してきたというのですか?」

確認するように、信じられないといった風に颯斗が呟く。

「うん。せっかくじゃない」

「せっかくというなら、さんこそ。せっかくの休みに、僕なんかのために遠い日本に態々帰ってきて...」

颯斗が言うと「こら」とが言う。

「『僕なんか』だと?わたしには価値があることなの。勝手にわたしの価値に口を出さないで」

ツンと澄まして彼女が言う。

「すみません」

俯く颯斗は自分の口元が緩むことを抑えられない。

「しっかし、にょきにょき伸びたわね。会うのは何年ぶりかしら?」

背伸びをしながら颯斗の頭に向かって手を伸ばす。

「お陰さまで。おそらく、5年くらいはお会いしていないと思います。僕は演奏会でさんを見ることはありましたけど」

「演奏会に来てたなら、楽屋にも来てよ!まったく...けど、かっこよく育っちゃって」

「ありがとうございます」

「これじゃあ女の子達が放っておかないわ。モテるでしょう?」

からかうようにが言う。

「いいえ。星月学園は共学ですが、女の子はたった一人なんです」

「じゃあ、その子にモテるでしょう?」

「まさか」

「ホントに?颯斗、誤魔化してるでしょう?」

「本当です」

笑顔で颯斗が返す。

「そ?ま、それなら良いわ。本音を言えば、ホッとしてる」

笑いながらが返す。

「ホッと、ですか?」

「そうよ。あ、此処」

車が見えてきた。確かに見覚えのある、赤いスポーツカー。見た目は派手だが、彼女が乗ると本当にしっくり来るデザインだ。

「ありがとう、颯斗」

「いいえ。けど、今度からこんな遅い時間に一人で外を歩かないでくださいね」

「はいはい」と肩を竦めてが言う。


「...もうちょっと話をする?立ち話も何だし、車の中で」

車のキーをバッグから取り出しながらが言う。

「いいえ、今回は遠慮させてください」

「そう?」

さん。あまり自覚がないようですが、あなたは女性で僕は男ですよ?今は遅い時間です。少し、気をつけたほうが良いですよ」

颯斗が釘を刺す。

それを聞いたは思わず言葉につまり、「そりゃそうだ」とやっとの思いで言葉を紡ぐ。

少しだけ慌てて車に乗り込んだは窓を開けて「プレゼントは昼間に届くから」と告げる。

「ありがとうございます」

にこりと微笑んだ颯斗はいつも自分が思い浮かべていたその表情と少し違っていた。

「じゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

すべるように車を走らせ、暫く経っては溜息をつく。

「...ばか」

あの颯斗の言葉を聞いた途端に意識をしてしまったではないか。

弟のように思っていた颯斗にドキドキしてしまったは、頭を冷やすべく夜の道をゆっくり走った。









桜風
11.9.15


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