| ザーッと雨が降る中、楸瑛は取り敢えず近くの庇の下に避難した。 今日の空模様を見た感じでは雨は降らないと思っていたのに、この突然の雨には困った。 ふと、視線を巡らせると夜だというのに年頃の女性が同じ庇の下に立っていた。 「お互い、災難ですね」 そう声を掛けてみた。 彼女はゆっくり振り返って薄く微笑む。 「そうですね。雨粒をお払いください...」 そう言って彼女は懐から手ぬぐいを取り出して楸瑛に渡す。 「ああ、ありがとう。しかし、あなたのように美しい方とこうして言葉を交わすことが出来るなんて。突然の雨も悪くありませんね」 楸瑛はそれを受け取ってそう言葉を添えた。 彼女は驚いたように眉を上げたが、すぐにまた微笑を向ける。 「私は、藍楸瑛といいます。よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」 そう言った楸瑛に彼女は微笑んだまま「 です」と応えた。 「あなたと同様に美しい名前ですね」と楸瑛が言う。 は困ったように苦笑して「ありがとうございます」と応えた。 「それはともかく。今日はせっかくの七夕だと言うのに...生憎の天気ですね」 庇から空を見上げて楸瑛が言った。 「そう..ですね」 少し寂しそうに彼女は俯いた。 「もしかして、 殿も誰かと約束を?」 不躾かとも思ったが、彼女の様子を見ていたら何となく口に出ていた。 「ええ、そうですね」 「それは、残念ですね。この雨で待ち合わせ場所にいけないということですか?」 それなら、この手ぬぐいのお礼に軒を出してあげるなどの方法を考えていたのだが、 「それはそれで、仕方のないことですから」 と彼女は少しだけ寂しそうな表情を見せて呟いた。 「 殿。よろしければ軒をお貸ししましょうか?少し私の家まで距離があるので時間が掛かるとは思いますが...この手ぬぐいを貸していただいたお礼です」 そう言って花街でも妓女たちがクラリと来るような笑顔を浮かべたが彼女は首を振った。 「そういう決まりですから」 彼女はそう言ってどこか諦めたようなすっきりしたような表情を浮かべて応えた。 「織姫と彦星も大変でしょうね」 楸瑛がそう言った。彼女は驚いたように楸瑛に視線を向ける。 「雨が降ったら天の川が氾濫して..というのが御伽噺ですよね?」 楸瑛が聞くと は首を振る。 「そうみたいですね。でも、天の川は雲の向こうなんですよ、だったら地上に雨が降っていようと降っていまいと関係ないんです。寧ろ、本当は雨が降っている方が地上の人たちに邪魔をされなくていいんですよ」 彼女の言葉に楸瑛は少し驚いたような表情を浮かべた。 そういう考えなんてしたことがなかった。 「 殿は、中々斬新な考えをお持ちのようですね」 厭味ではなく、心から感心した。 は苦笑して「ひねくれ者ってよく言われます」と返した。 ポツリ、ポツリと雨が止んでいく。 やがて空を覆いつくしている雲が晴れて星空が広がっていく。 ああ、雨が上がった。 彼女は間に合うだろうか。 そう思って を振り返った。 が居たはずの場所には誰も居なかった。 「 、殿...?」 一瞬、妖か何かに騙されたのかと思った。だが、貴陽でそれはありえないとどこかで聞いた気がする。 では...? 彼女から借りていた手ぬぐいを取り出した。 それは確かにこの手にあって、 の存在が幻ではなかったことを証明している。 そして、今月明かりの下でやっとその手ぬぐいを見た。 見事な織物でそれはこの王都貴陽でも中々見られない代物だと感心した。 ふと、ある仮説を思い浮かべる。 「...まさか、な」 以前府庫で幽霊にあった。 そんな経験をしているからこういう不思議な出来事も結構すんなり受け入れられた。 どうやら、自分は中々ない出会いを果たしてしまったようだ。 「しかし、これはどうやって返したら良いのだろうね。来年も、ここに居たらお会いできるのかな」 取り敢えず、来年もここに来てみよう。 来年の今日が何だか楽しみになってきた。 |
桜風
08.7.1
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