花誘う





はらりはらりと花びらが風に舞う。

桜の木を見上げた。

満開の時期は過ぎてそろそろ葉が芽吹いてきている。


「紅秀麗も桜の花が好きらしいわよ」

不意に声を掛けられて面倒くさそうに清雅は振り返る。

やはり、声で分かってはいたが、そこには見知っている女性が立っていた。

...」

心から嫌そうに自分の名を呼ぶ清雅を見て
は嬉しそうに微笑んだ。

「捻くれてんな」

呆れたように清雅が呟く。

「久しぶりね、陸清雅?」

清雅は観念したように溜息をつき、
に足を向けた。

何を言っても彼女には暖簾に腕押し。時間がもったいない。

「そうだな、久しぶりだ」

「で、清雅。紅秀麗とはどうなの?」

興味心身に聞いてくる
に溜息を吐いて「どう、って何だ」と面倒くさそうに返した。

「『何だ?』って何よー。彼女と四六時中ずっと一緒なんでしょう?清雅の淡い恋心に進展があったかしら?」

完璧にからかい口調の
を軽く睨んで「んな分けないだろうが」と不機嫌に返した。

「好敵手って巷の噂よ?お互いを高めあう、そんな2人なんでしょう?」

「お前の『巷』ってどこだよ。で、用件は何だ?」

このまま世間話を始めたら日が暮れる。清雅は身をもってそれを体験したことがあるので、彼女が来たら用件を早々に聞きだすようにしている。

「いつものとおり。買わない?」

ニコニコと笑っていう。

「どんな内容だ?」

「何言ってんのよ。あたしの情報は、前払い。ずっと言ってきてるでしょう?貴方が欲しいだろうと思う情報を選んで渡している」

の言葉に清雅は渋い表情を浮かべる。

そんな清雅の表情を見て
はコロコロと笑う。

「あたしの情報選択の正確さ、清雅が良く知ってるんじゃなくて?そして、今まで清雅にとって要らない情報を売った事あるかしら?」

清雅は深く息をつき、「ないな」と答えて懐から財布を取り出した。

「とりあえず、これだけだ」

そう言って銀1両を取り出した。

「安く見られたものねぇ...」

受け取ってそれを懐に仕舞いながら
は言った。

「上乗せは内容を聞いてからだ」

そう言った清雅に肩を竦めて手のひらに収まるくらいの小さな紙を手渡す。


清雅がそれを受け取り、読んでいる間に
は懐からタバコを取り出して火をつけた。

ふぅ、と紫煙をくゆらせると目の前に清雅に渡した紙を広げられる。

はそれをタバコの火を移して燃やして消した。

「で、どう?」

「これだけだな」

そう言ってまた銀貨を
に渡した。

「まあ、意外とけちね。紅秀麗は結構倹約家らしいけど、使うときには使うらしいわよ?」

笑いながら
はそれを受け取る。

「何だって、そう紅秀麗のことばかり話すんだ」

一々癇に障る。

「だって、清雅は彼女と仕事をしているときが一番生き生きとしているじゃない」

「見てきたように言うな」

「見てきてるのよ。あたしの情報、どうやって手にしていると思っているの?」

の言葉に清雅はまたしても溜息を吐く。

そんな清雅の反応に気をよくした
はタバコの火を消して清雅から受け取った銀貨を財布に仕舞う。


「じゃあね」

が声を掛けると清雅は少し不本意そうに「あんまり危ないこと首突っ込むなよ」と声を掛けた。

はその言葉にきょとんとして苦笑する。

「あんたがそうやって紅秀麗にも優しい言葉をかけてあげたら、きっと少しは傾いてくれるんじゃないの?」

「傾くって何だよ」

非常に迷惑そうにそう言った。自分は
を心配して言ったのに。

彼女の仕事は情報の売買だ。相手が悪ければ殺されることだってあるし、勿論、情報を集めるのにはそれ相応の苦労をしているはずなのだ。あんな緻密な、本来なら最高機密と呼べるような情報をここに来るたびに持ってきているのだから、彼女の身はいつも危険と隣り合わせになっているに違いない。

彼女の正体や、本性。その他諸々清雅は知らない。ただ知っているのは、最高の情報屋ということだけだ。

自分が今立っている場所に昇ってくるのに彼女から情報を沢山買った。

貸し借りなし、と思えるのは彼女が情報を『売ってくれている』からだ。

「清雅、ありがとう。また来るわ。それまで元気でね」

がそう言うと風がサァと駆け抜け、同時に の姿はなくなった。


「『また』か...」

初めて
が清雅の前に現れたのは今日のように桜の花びらが雨のように降り注いでいる頃だった。

それから毎年、この時期には必ず彼女は姿を見せる。

それ以外の季節に現れるときもあるが、全く姿を見せなかったのに次の桜の散る季節にふらりとやってきたこともある。

桜が散ってくると清雅は彼女を思い出す。

今年も彼女の元気な姿を目にすることが出来て、清雅は少し安堵して小さく笑った。









桜風
09.3.1


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