空を見上げると何処までも淡く青い。

茶州にもどうやら春がやってきたようだ。



名前を呼ばれて振り返る。

そこにはもさもさの男が立っていた。

「綺麗な身なりにしたらそれなりにかっこいいのにね」

が笑う。

「何言ってるんだよ。この野性味溢れるかっこよさが理解できないとは、もまだまだ子供だな」

男も豪快に笑いながらそう返した。

「ま、最近は表に出るような仕事が無いものね、燕青」

コロコロと笑いながらが言うと燕青は渋い顔をした。ひげもじゃなので表情が見づらいが、一応分かる。

「あら、何かあるのね?」

「まあなー...悠舜がうるさいんだ」

「優秀な補佐がいて良かったわね」

「他人事だと思って」

ブチブチと文句を言う燕青に「そうよ、他人事よ」とはおどけて頷いた。


は茶家の末席も末席のこれまた末っ子だ。彼女の家が『茶家』と名乗るのをそれはもう嫌がる本家のお陰で茶州のこれまた片隅に家がある。

しかし、茶州の街の端っこ。

自分達の監視の下においておきたいと思った茶家の者が半ば人質のようにを本家に置いた。

表向きは、あんな隅っこの寂れた家にいるよりいい生活が出来るし、高い教育も受けられる。

そんな感じだったと思うが、殆ど茶家のやっぱり隅っこの小さな部屋にほぼ軟禁状態なのだ。

軟禁だから一応ウロウロとすることはできる。

本家の母屋はムリだが、庭とかは散歩できるのでそんなに困らない。

庭に出ていたら偶にこうして外からのお客様にも出会える。

彼の場合は、態々庭に寄ってくれているようであるが、は気付かないフリをしている。


「んで、は何をしてるんだ?」

「英姫様にここの一角を好きに使っていいとお許しをいただいたの」

そう言って指差した先には本当に一角ではあるが、土が柔らかくなっている。

「自分で耕したのか?」

「時間と体力はたっぷりあるから」

ニコリと微笑んで彼女が言う。

茶家にいても何もすることが無い。だから、時間はもてあましているし、ご飯はもりもり食べているので体力はある。

を此処に呼んだ者は、本当に『置いている』だけなのだ。

「んで、はここに何を植えるんだ?」

「そうねぇ...」

顎に人差し指を当てて少し上を向く。そしてクスリと笑った。

「どうした?」

「耕したは良いけど、まったく考えて無かったわ。何がいいと思う?」

の言葉に燕青は噴出した。

そして腕を組んで暫く考え、彼はいくつかの植物の名前を口にした。

「食べられるものばっかりじゃない!」

「色気よりも食い気のにはいいだろう?」

燕青が候補に上げた植物は全て解毒だとか、薬になるものばかりだった。

素人が手を出しても毒にならない程度の弱いものだが、何かあったら英姫が気付くまでの時間稼ぎくらいにはなるのではないかと思ったのだ。

「そうね、それを候補に考えてみるわ。英姫様にも好きなものを植えるように言われてるし」

ふと、甘い香りが漂ってきた。

「ああ、桃ね...」

クンクンとその香りを嗅いでみたが燕青にはさっぱりだ。

「そうか?」

「ええ。たしか、あっちに桃の木があるはず」

指差した先を見ると燕青からは確かに桃の花が見えた。おそらく、の背の高さでは見えないだろう。

燕青はずんずんとそちらに進んでいく。

ああ、もう帰らなくてはならない時間なのか...

そう思っても自室に戻ろうとした。

「おいおい、もう戻るのか?」

声を掛けられて振り返ると目の前に桃の枝を持った燕青がいた。

「折ったの?!」

「克洵がそこにいたからな。許可はもらったぜ」

そう言って燕青はにそれを差し出す。

「え..と」

「色気より食い気でも、やっぱり室に花くらい飾りたいだろう?」

「くれるの?」

覗うようにが言う。

「俺が持ってたって仕方ないしな」

それに、桃は魔よけになるって聞いたことがある。

そんな燕青の意図に気付いてか気づかないでかは「ありがとう」と言ってそれを受け取った。

「あ、ちょっと待って」

そう言っては「ごめんね」と受け取った桃の枝に声をかけて花をひとつ取った。

不思議そうに見ている燕青に「ちょっとしゃがんで」と声を掛ける。

「ん?」と燕青は腰を落とした。

そんな燕青の頭に先ほどの桃の花を載せる。

「おいおい」と苦笑する燕青に「似合うわよ」とは笑う。

肩を竦めて溜息を吐いた燕青は立ち上がり、「まあ、せっかくだしもらっとくな」と言って今度こそその場を後にする。



半年後、久しぶりにのもとを訪れた燕青は庭の一角を見て「やっぱり食い気じゃないか」と苦笑した。

そこには、美しい花が咲いていることは咲いていたが、その後芋だの野菜だのが実る、結局口にすることが出来るものしかなかったのだった。









桜風
11.3.14
11.4.24再掲


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