紅梅







庭に甘い良い香りが漂う。

その品のある香りを発するその花をつけた梅の木を見上げる。

「ああ、今年も見事に咲いたね」

不意にそう声を掛けてきたのは、楸瑛兄様。

龍蓮兄様曰く、『愚兄その4』らしい。

「ええ、今年も見事な紅梅ですね、楸瑛兄様」

振り返って微笑むと同じように楸瑛兄様も微笑んで紅梅を見上げた。

私は白梅よりも紅梅の方が好きだ。

元々好きな色が『紅』だからなのだろうけど...

「ああ、そうそう。今日はお客様が来る予定なんだけど...」

そう言って少し考え、

「迎えに行かないといけないかもしれないな」

と呟いた。

お陰でお客様がどなたかが分かる。

李絳攸様。

楸瑛兄様の親友だ。

まあ、絳攸様はそれを認めていらっしゃらないので、兄様の片想いということになるのだけれど...

も一緒に迎えに行くかい?」

顎に手を当てて聞いてきた。

「よろしいのですか?」

「構わないよ。ゆっくり歩いていこう」

そう言ってくださった。

私は一人で外に出てはいけない。外出するときも軒で、護衛が何人もついて来るものだから気分が全く休まらず、外出することすら億劫に感じることがある。

軒の中からだと見える風景の目の高さが私とは違うし、視界も遮られているから見づらい。私は私の視線で風景を眺めたいのにそれが叶わない。

けれども、楸瑛兄様は将軍職に就いておられるために護衛としては申し分もないし、家の者も心配しない。

そして、徒歩での外出も許される。


家を出て楸瑛兄様の隣を歩く。

「そういえば、お勤めはいかがですか?」

最近主上付きになると伺ったことを思い出した。

しかし、あまり仕事の話をされない。まあ、以前から御自分のお話はされないのだけれども、それでも主上付きになられるという話はなさったので、聞いてみることにした。

「仕事かい?うーん。主上には、まだ会えていないんだ」

「え?」

「絳攸も相当キてるよ。政をされてないからね、主上は」

そう言って苦笑される。

「でも、主上付きになられるんですよね?」

「そうだよ」

「御挨拶とか、拝命の儀式とか」

「ないねぇ」

のんびりとそう仰る。

楸瑛兄様は飄々とされている印象が強いので、何をお考えになっているか分からない。

だから、考えるだけ無駄だと思って諦めた。


「お、やっと見つけた」

少し歩いてやっと本日のお客様を発見した。

「絳攸様」

名前を呼ぶと驚いたように振り返ってやっぱり驚いた顔をされている。

「やあ、絳攸」

楸瑛兄様が絳攸様に手を上げて挨拶をされる。

「お久しぶりです、絳攸様」

「あ、ああ。久しぶりだな。
たちは何故こんなところに?」

聞かれて困った。「絳攸様をお探しに参りました」と言えば、絳攸様の矜持を傷つけるかもしれない。

私は絳攸様の方向音痴を知ってると思っておいででないのでしょうから。

「久しぶりに、兄妹水入らずで散歩をしていたんだよ」

さすが、楸瑛兄様。

「ええ、今日は天気もよろしいので、楸瑛兄様がお散歩に連れてくださったのです」

頷きながらそう言うと「そうか」と納得された御様子。

「絳攸様、庭の紅梅が咲き始めました」

そう言うと一瞬驚いたお顔をなさって

「そうか。あの邸の紅梅は美しいからな」

と目を細められる。

「はい」

「じゃあ、絳攸。家に来て紅梅の下でお茶でも飲まないかい?」

楸瑛兄様が改めてお誘いされた。

「ああ、呼ばれよう」

絳攸様もそう仰った。


家に帰って庭の梅の木の下に卓子を出して、茶器を用意する。

「まだ咲き初めなんだけどね」

とゆったりと楸瑛兄様が仰る。

「いや、蕾の数も多いしこれからたくさんの花をつけるだろうな。今年も見事だ」

見上げながら絳攸様が仰った。

「そういえば、白梅はないんだな?」

絳攸様が庭を見渡してそう仰った。

「ああ、
が好きなのは紅だからね」

そう仰って私に視線を向ける。

「ええ、私の好きな色は『紅』ですから。楚々とした白梅も美しいとは思いますけど...」

「藍家の姫なのに、そんなことを言ってもいいのか?」

少し驚いたように絳攸様が仰った。

「ええ、構いません。ね、兄様?」

「まあ、そうだね」

苦笑をしながら楸瑛兄様は頷かれる。

「そうです、絳攸様。折角ですから、一枝お持ち帰りになりません?」

「折角の紅梅だろう?
の好きな」

「ええ、でも。紅は絳攸様のお色ですから」

そう言うと少し驚かれた後、

「ありがとう。では、帰りに一枝貰おう」

そう言って微笑まれた。


紅く、気品の漂う紅梅は絳攸様のようだと思う。気高く、凛として。

だから、私は紅梅が好き。

気高く、気品の漂うその『紅』が。










桜風
07.5.1
07.6.1(再掲)



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