特別な記念日





空が赤く染まり夕日が差す庭院で空を見上げる。

「しかし、君も細かいことを良く覚えているね。その性格から考えて意外としか言いようがないよ」

綺麗な空だと思っていると不意に声を掛けられた。

「黙れ、常春頭」

振り返ることなく一言短く返す。

「酷いな、


「どうやって入ってこられたのですか?藍将軍」

にこりと微笑んで振り返った。言葉は丁寧だが、声の中に棘が見え隠れしている。

「門番に声を掛けると快く通してくれたよ」

今度門番にしっかりと言い含めておかなければ、と思いながら
は深く息をついた。

「で、先ほどの。何の話ですか?」

そう言いながらとりあえず客間に案内する。彼は一応、“客人”だ。


客間でお茶を出した頃に

「昨年の今日なのだろう?」

と言葉が返ってきた。

「...まあ、はい」

心持ち小さな声で彼女は照れながら頷いた。

「というか、何で藍将軍は私が覚えていると言うのをご存知なのですか?」

「絳攸が、今日は絶対に残業出来ないと主上に言っていたからね。その理由を聞くと
に早く帰ってきてくださいねと言われたと教えてくれたんだよ。主上もそれを聞いて納得されていたし」

確かに、今朝そう言った。

最近は絳攸の帰りも遅くて食事をともにすることすらままならなくなっていたのだ。

絳攸の帰りが遅い分、何故か黎深が良くやって来ていたが...

「でも、藍将軍はもうお帰りになられるんですよね」

「そうだよ。今日の出仕はもう終わったからね」

では、何故絳攸は帰ってこないのだろうか...

「どうしてだろうね。軒で出仕しているのだろう?迷うはずがないしね」

「私、何も言ってませんよ」

「顔に出るんだよ、君の考えは」

楽しそうに笑う楸瑛を軽く睨みつけて
は小さく溜息を吐いた。

「でも、まあ。主上はすぐに帰るように言っていたし、吏部に寄ったとしてもたぶん帰してもらえると思うよ。今日くらいは、彼の上司も仕事を押し付けたりはしないだろう」

そんな気を回すような人には思えないが、そうだったらいいなと思いながら
は頷いた。

お茶を飲み終わった楸瑛は椅子を引く。

「では、私はもう帰るよ」

「...何しにいらしたんですか?」

楸瑛とはただ世間話をしただけだ。

「君に『おめでとう』を言いに来た。と、言ったら信じてくれるかい?」

「3割程度なら」

「じゃあ、それくらいで良いから信じてくれると嬉しいな。おめでとう、


「ありがとうございます、藍将軍」

は頭を下げてそのまま楸瑛を門まで見送りに出た。



日が沈んで空に星々が瞬き始めた頃、やっと門の外から軒の音が聞こえてきた。

「おかえりなさいませ」と門まで出迎えに出る。

絳攸は少し驚いた表情を浮かべたが「ただいま」と微笑んだ。

「すまないな、少し遅くなった」

絳攸が言うと
は首を振る。

「お仕事、お疲れ様です」

「いや、仕事と言うか...」

そう言って絳攸は手に持っていた花を
に渡した。

「宮廷の庭院に咲いていたんだ。その、き..綺麗だったから。
に、と思って」

灯りを持っているが少し暗いこの場でははっきりと絳攸の表情は見えないが、物凄く照れていることは分かる。

「ありがとうございます。けど、良いのですか?宮廷の庭院のお花を持って帰っても」

「いいんだ、大丈夫だ。あれだけたくさん咲いているんだし。主上は気にしない方だし...本当は、別の何かをとも思ったんだが。吏部に寄ったら意外と遅くなってしまって。すまないな、こんなもので」

残念そうな声を出す絳攸に
は慌てた。

「い、いいえ!私、お花は大好きですしとても嬉しいです。ありがとうございます」

の言葉に安心したのか、絳攸は「良かった」と言いながら優しく微笑む。

「しかし、あっという間だったな」

思い出すように、懐かしむように絳攸が呟いた。

が見上げると絳攸は顔を向ける。

が、ウチに嫁に来てもう1年か」

「...覚えていらしたのですか?」

「だから、早く帰って来てくれと言ったのだろう?記念日だな」

ただ一人で記念日だと心に置いて、そんな中で絳攸が早く帰ってきてくれたら嬉しいなと思っていた
にとっては意外な一言だった。

毎日忙しそうにしている絳攸の事だから、きっと覚えていないだろうと思っていた。

が言わなくても、今日は早く帰る予定だったんだがな」

苦笑しながら絳攸が言う。

「これからもよろしくな」

の髪を手に取り、口付ける。

真っ赤になった
は俯いて「こちらこそ、よろしくお願いします」と消えるような声で返した。









桜風
08.5.1
08.5.18(再掲)


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