| あの彩八家のひとつである黄家の人だと聞いた。 は緊張した面持ちでその場に向かった。今日はお見合いだ。 の家は彩八家ほどではないが、それなりに格式のある家だ。だから、これまたそれなりにお見合いの話は来る。 お見合いと言うか、婚姻の申し込みだが... 良家の子女であるが、大人しく親の言うことを聞くようには育っていない。 自分が納得しない婚姻は一切認めない、受け入れない。 彼女はそう主張した。 しかし、そんな娘の主張を聞かずに親は強引に話を進めようとしたことがある。 そのとき、は強硬手段に出た。 家出をしたのだ。 両親は血眼になってを探したらしいが、彼女としては知ったこっちゃない。少しでも自分の意思を汲もうという姿勢を見せてくれたら自分だって観念した。 それなのに、物として扱われたのだ。 結局、そのときはが大人になって帰宅した。そして、今に至る。 軒に乗って外の風景を眺めた。 つまらない。 幼少のみぎりに少々事情があっては黄州で過ごした。 だから、今回のお見合いが黄家に縁のある人だと聞いて諾とした。それでもだからと言って良い人とは限らないし、この先どうなるかが不安だったりもする。 連れてこられた邸は貴陽の黄区にあるもので、かなり大きかった。 丁重に迎えられては客室に通された。 そこで待っているとその邸の主人がやってきた。 彼が室内に入ってきた途端、の両親と勿論本人が固まった。 何、その仮面... 両親はしどろもどろに挨拶をした。 そして、逃げるようにを置いて部屋を後にする。 全く...は溜息を吐いた。 「単刀直入にお願いしてもよろしいでしょうか?」 彼は少し驚いた様子で「どうぞ」と仮面越しのくぐもった声で返事をした。 「仮面を外していただけませんか?」 「仮面の理由は聞かれないんですか」 楽しそうに彼は言う。 「...それもそうですね。失礼しました。理由をお話いただけますか?」 「私は自分の顔が好きではないのです」 「でも、わたしは好きかも知れません」 考える間をおかずにが返す。 すると彼はクツクツと笑い始めた。 失敬だな、と思う。顔には出さないがちょっとご立腹だ。 「相変わらずだな、」 あれ?とは首を傾げた。 そして彼は少し躊躇った様子を見せたが、仮面を外した。 「あーーーー!!鳳珠さん?!」 椅子を蹴って立ち上がったは思わず指をさして叫んだ。 「本当に、相変わらずだな。」 苦笑しながら彼が言う。 「なに、その趣味の悪い仮面...」 呆然と呟くは鳳珠が手にしている仮面に手を伸ばした。 鳳珠は貴陽にやってきてからの話をした。 「なんだ、そんなこと?」 「一応、私にとっては大問題だったんだけどな」 ぼやくように彼が言う。 「いやいや、その程度の障害。超えられなかった鳳珠さんが悪い」 からからと笑いながらが言った。 「元気そうだな」 「家出をするくらいには」と言っては笑う。 鳳珠とは黄州にいたときにお世話になった。当時から物凄く美しい容姿をされていて、彼はそれに対して劣等感を持っていた。 そんな劣等感をいつもは笑い飛ばしていた。それは良い武器じゃない、と。 そんな絵にも描けない美しさを持っていて、それを使わないなんて勿体無い! そんなことを言ったのは後にも先にもだけだった。 しかし、の家の都合で黄州を出て行った。 お別れの日、鳳珠は彼女を見送れなかった。 「家出をしたのか?」 「道具にしたがってたから。ほら、道具にも道具なりの主張はあるわけよ」 真顔でそういう。 「それで、私との婚姻の話には乗る気になったのか?」 「会ってみて、決めるって。じゃないと今度こそ帰らない家出をするって言ってやったの」 幼い頃祖父母に育てられたは色々と知識を得ている。独りで生きていくのに多少に不自由はあるかもしれないが、死なない程度の。 「それで、どうするんだ?」 楽しそうに鳳珠が訪ねる。 は人差し指をあごに当てて「んー」と唸る。 「お相手の誠意次第かしら?」 「途端に強気に出たな?」 笑いながら鳳珠が言う。 「何を言ってるの。相手が鳳珠さんじゃなくても強気に出るわよ?」 黄州での彼女の言動を思い出したのか鳳珠はまたクツクツと笑う。 「でも、鳳珠さん。よくお見合い受けたね」 「破棄されるのが見えていたからな。本家の言うことは多少聞いておかないと色々と不都合が出てきたりするんだ」 「彩八家も大変なのねぇ」 心から感心したようには唸った。 「まあ、そんなところだ。、お前が決めろ」 「は?!そんなはしたない...」 「今更『はしたない』ってよくその口で言えたな」 そう言いながら鳳珠はが手元で弄っている仮面を取り返した。 「鳳珠さんはこの先、自分の顔と声に耐性がある女性が出てくると思う?」 「私は独りでも構わないと思っている」 む...ズルイ。 そう思ってはじっと鳳珠を見た。 そして内緒話をするかのようにが口元に手を添えたので鳳珠は顔を寄せた。 はそのまま背伸びをしてチュッと彼の額に唇を当てた。 鳳珠はきょとんとした。予想外の行動に少し思考が固まったようだ。 「ま、それが答えかな?」 「待て、口で言え」 「いやよ。はしたない」 どっちがはしたない!! 鳳珠はそう思ったがとっさに言葉が出なかった。 「じゃ、ねー。あとはよろしく!」 そう言って上機嫌には立ち上がり、ヒラヒラと手を振って室を出て行った。 鳳珠は椅子に深く腰を下ろして溜息を吐いた。 「まったく...」 が『変な仮面』と称したそれを着けてそう呟く。 そんな仮面の下の口元はほんのりと笑っていた。 |
桜風
10.5.1