| いつも仕事で帰宅の遅い夫が今日は早く、体調でも崩したのかとは慌てた。 しかし、彼の顔色は悪くないし、寧ろ朝よりも良いと思う。 「お帰りなさいませ、絳攸様」 「ああ、ただいま」 室に向かう絳攸の後をついていると、ふと足を止めた彼が振り返る。 「、明日は何か用事が入っているか?」 突然の質問に少し驚いただったが「いいえ」と彼女は首を横に振った。 「じゃあ、少し遠出をしよう」 珍しい夫の申し出には目をぱちくりとしたが、すぐに笑顔を浮かべて「はい」と頷いた。 翌日、軒に乗って2人は久々の遠出をした。 緑が広がる草原。少し離れた場所には湖があり水面が煌いている。 絳攸は草原に腰を下ろしてゴロリと寝転んだ。 青い空に浮かぶ白い雲がのんびりと流れていく。 「あまり遠くに行くなよ」 花を摘んでくると言ったにそう言うと「はーい」と嬉しそうな声で返事があった。 穏やかな時間は眠気を誘う。 うとうととしていると不意に影が出来た。 目を開くとが覗き込んでいる。 「お疲れですか?」 そう声をかけてくる彼女に苦笑して体を起こした。 「いや、こんな時間が久しぶりだったからな」と言いながら伸びをする。 ふとの手元を見れば先ほど摘んだと思われる花束が出来ていた。 一本抜いて彼女の髪に挿してみると思った以上に似合っていて勝手に照れてしまう。 「そういえば、絳攸様はこんな言葉をご存知ですか?えーと、『あい..らぶゆう』だったと思うんですけど」 異国の言葉だというのは分かったが意味までは分からない。 「どういう意味なんだ?」 「百合様が仰るには愛を告げる言葉らしいです」 「愛?!」 思わず声が裏返る。 「はい」と彼女は頷いた。 「しかし、それを『月が綺麗ですね』と訳した人がいるんだそうです」 その訳した人物は系統的には楸瑛に近いのだろうか... 「それで?」と絳攸が話の続きを促す。 「百合様が黎深様に自分だったらどう訳すかと聞いてみたらしいんです」 「黎深様は何て?」 「まだ保留だそうです」 なるほど... それでここ最近は黎深は空を見上げてはブツブツ何かを口にしていたのだなと納得した。 あれを超える言葉を探しているのだろう。 「あの..絳攸様だったらどう訳されますか?」 まあ、この話の流れだとそうなるだろうなぁ... 政について語れといわれれば語れる。自分の考え、どのような政策が今必要か。 しかし、自分の心情を相手に伝える言葉を口にするのは苦手だ。 苦手だが... 絳攸は空を見上げた。 「空が青い」 「はい?」 「水面が煌き、緑が鮮やかで風も心地良い」 そう言っての手元を見て「花も咲いている」と言う。 彼女が首を傾げた。 「世界はこれほどまでに彩られているが、俺の場合、がいるからなんだろうな」 はぽかんとして絳攸を凝視している。 居た堪れなくなった絳攸は立ち上がり、「ちょっと散歩してくる!」とその場を去ろうとした。 「え、待ってください。一緒に連れて行ってください」 が追いかけてきた。 絳攸は足を止めて振りかえる。 「ほら、」と手を差し出すと彼女は嬉しそうにはにかんでその手を重ねた。 |
桜風
11.5.1
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