| 目の前に座っている女性を見て、絳攸は盛大な溜息をつきたかった。 しかし、今回はそれが出来ない。 「李絳攸様」 思いつめたように自分の名を呼ぶ彼女に視線を向けた。 彼女は百合に紹介された、とある裕福な商人の娘だ。 今の状態は所謂『お見合い』と言うもので、百合に言われたのでなければ全力で逃げていた。 しかし、絳攸の気持ちを知っている百合が態々持ってきた話なので絳攸も少し対応に苦慮した。 だからこそ、こうして嫌々彼女..に会っているのだが。 しかし、今の状況は『お見合い』と言うよりも、彼女の纏う空気は『嘆願』に近い気がする。 今だって、自分を見つめる目は、何かしら決意のようなものを感じさせるのだ。 だから、嫌々で逃げ出したかったけどここにとどまっている。 「何だ」 素っ気無く絳攸が返す。 「ひとつだけ私の願いを聞いていただけませんか。それ以外は、すべてあなたの言葉に従います」 「...言ってみろ」 彼女が言うには、家には床に臥しがちな母親がいるそうだ。 だから、彼女を医者に診せたいと言う。 「待て、。お前の家は、裕福だと聞いているぞ。母親を...お前の父親は妻を医者に診せることくらいできるだろう」 絳攸が言うと彼女は首を横に振る。 「父は、それをしません」 「どういうことだ?」 彼女は恥じるように睫を伏せる。 父親は自分自身の楽しみのために使う金は惜しまないが、それ以外には使いたがらないとのこと。 それが家族であろうとも。 「今回の、これは誰が言い出したんだ?」 「...父です」 つまりは、『紅家』との繋がりを得るためにと言うことなのだろう。 紅家との繋がりがあればさらに金は入ってくる。何より、絳攸は紅家直系の子だ。実子ではないが、直系の子だ。それは紅家一族が認めている。全会一致ではないが、対外的にも認められていることだ。 百合はおそらく、彼女の気持ちを知っていて受けたのだろう。父親の方ではなく、娘の方を気の毒に思って絳攸に話を持ちかけたのだ。自分の頼みは絳攸が断れないことを知っていて。 つまり... 「」 「はい!」 「俺は、女が嫌いだ」 「...頑張って男になります!」 決意を込めた眸でそう言われて絳攸は非常に困った。 「違う。最後まで聞け」 「はい」 「だが、お前の父親のような男も嫌いだ」 彼女が息を飲む。つまり、この話は破談となる可能性が高い。 「は、暮らしが今の水準から格段に落ちても構わないか?」 「構いません!」 しかし、紅家の水準が自分の家よりも下がるはずがない。 は首を傾げた。 「百合さんは、俺がこうすることを読んでお前に会わせえたんだ」 絳攸はそう言って、困ったように笑った。 空が重く、今にも雪が舞いそうだった。 絳攸は邸の庭に出ていた。 「絳攸様」 家の者が声をかけてきた。 振り返ると文箱を差し出される。 「誰からだ?」 「紫州の外れの片田舎からだそうです」 それだけで絳攸は誰からのものかが分かった。 その場で文箱から手紙を取り出して目を通す。 あの見合いは破談とした。 元々受ける気がないものだった。しかし、百合が持ってきて話なので受けただけのこと。 そして、破談とした理由を、絳攸は捏造した。 が粗相をした、と。 実際の彼女は礼儀正しく、振る舞いや言葉遣いに何ひとつ落ち度はなかった。少なくとも、絳攸に不快な思いをさせることはなかった。 しかし、彼女が粗相をしたと聞けば彼女の父親は彼女と縁を切るだろうと踏んだのだ。 実際、青い顔をして彼女と親子の縁を切ったと報告に来た。 娘を家から追い出し、ついでに邪魔なので妻も連れて行かせたといったので、怒りを解いてほしいと絳攸に縋った。 絳攸は、心置きなくその家を潰した。 家を追い出された彼女の居所は家を出て行くときに彼女に報告させていたので知っている。紫州の片田舎だ。そこで畑を耕して細々と暮らすと言っていた。 絳攸はその近隣に住む医師を手配し、彼女の母親を診せた。 診断をした医師からは、先はもう長くないという報告があった。だから、最後までその医師に彼女の母親を診るように手配をかけた。 その彼女からの久方ぶりの文だった。 先日、彼女の母親が亡くなったという報せだった。ただ、彼女の母親は幸せだったと何度も何度も口にしたとのこと。 だから、絳攸に対しての最大限の謝意の言葉を彼女が送ってきたのだ。 そして、最後の結びにこう書いてあった。 『絳攸様が私を必要と思われたとき、必ず絳攸様の元へと参ります』 そして、追伸に思わず噴出す。 自分の育てた芋で干し芋を作っているので、出来上がれば送るとのこと。 「それは楽しみだな」 クスクスと笑いながら絳攸は返事を書くため、自分の室に向かっていった。 |
桜風
12.5.8
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