極彩色の無色 1





ぽつん、と彼はそこに居た。

長い間彼は待っていた。しかし、待ち人は来ない。来ないのだ。

不意にぞわりと肌が粟立つ。

『何か』がそこにいる。見えないが、間違いなくそこに何かが居る。

物の怪か、それとも...

コクリと唾を飲んだ。

「それはダメだ。それを喰ってはならない。面白そうだ」

不意に声がして驚いた彼はそちら見た。

外套を頭からすっぽりと被ったそれは、見えない何かを牽制するように睨んでいた。

しばらく、緊張した空気が流れ、やがてふっとそれが和らぐ。

「童、無事だな?」

それが見下ろして声をかけてきた。声をかけられた彼はゆっくりと警戒するように頷いた。

声から性別が判断できない。少し掠れていて中性的な声だ。

彼が警戒しつつもじっと見ているとそれはクスリと笑い、頭をすっぽり覆っている外套をはらりと脱いだ。

隠されていた顔が現れたが、長い髪がその顔を覆っている。

結局顔が見えないので性別などわからないままだ。

「童。まだこれから先も結構長く生きることになるぞ。せいぜい、山あり谷ありの充実した人生を送れ。苦労は、絶えないだろうな」

クツクツとそれが笑う。

「あなたは、誰?」

彼が問う。

「我か?我は、色のない者だ」

「色の、ない?」

彼が繰り返して問うとそれはまたクツクツと笑う。

「童。我は何色に見える?」

『何色』と聞かれても見たとおりだ。

なんと応えていいのかわからない。何せ、人は一色ではない。

「我は、無色ゆえに極彩色を纏う」

何だか難しいことを言われているような気がしてきた。

「名前は?」

最も単純なことを聞いてみた。

「ない。だが、もう少ししたら作る。名がないと不便だからな。」

ガサッと背後で音がした。

驚いて彼が振り返ると茂みから出てきたのは野うさぎで、ほっと息を吐き、またそれを見上げようとして、彼は「あれ?」と声を漏らした。

先ほどまで居たそれの姿がない。

周囲を見渡してもそれらしい人影がない。あの一瞬で何処に消えたのだろうか。

背後の森に分け入ったのだろうか...

道は見通しがいいので、そこを歩いていればまずわかる。


それから数刻後に彼は拾われる。

「嫌だ」と抵抗したが、それを良しとしない唯我独尊な男が無理やり拾った。

そこから、彼は李絳攸という名を与えられ、喜びと苦労を沁みるほど味わうことになる。

あの者が言ったように山あり谷ありの充実した苦労の絶えない..幸せな人生だ。






彩八仙人。

この国を憂いた青年、蒼玄に力を貸し、かの者に力を貸して結果、初代国王ととなることを助けた伝説の8人の仙人で、彩雲国の国物語に欠かせない存在である。

彩雲国の人々の間で伝説となっている彼らの物語は子供の寝物語に丁度良く、この国に暮らす殆どの者が口にすることが出来る。


一方で、殆どの者が語ることの出来ないもうひとつの国物語がある。

色を持たない仙人は、人の世に身を置き、太古の昔から人として生活しているという。

かの者もまた、蒼玄に力を貸し、この国の礎を作るのに尽力した。

しかし、色を持たないかの者は、この国が建国されると興味がなくなったと言わんばかりにふらりと蒼玄の前から姿を消した。仙人としての不思議な力を一切使わず、ただ人として彼に力を貸したため、彩八仙のように国物語として語られることはない。

かの者は無色のため、何色にもなりうる。

ゆえに、かの者を知る者がなく、伝説として語られることは少ない。

無彩の仙。無色ゆえの極彩色。

僅かに残ったそれらしい人物を記した記録を紐解けば、かの者の名は生きていた時代ごとに変えており、姿も変わるという。

人々が語ることが出来ないかの者は、今もまた人の世に身を置き、人と交わって生きている。









桜風
12.6.9


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