極彩色の無色 4





「雪は美味かったか?」

呆れつつ、が声を掛ける。

「は、腹が減って仕方なかったのだ」

「まあ、ひとついい勉強になったな。雪は食うな」

劉輝はしょんぼりした。

殿、これですか?」

「ああ、間違いない。使い走りのようなことをしてすまなかったな、藍家の坊ちゃま」

「この人は勘当されています」

静蘭がすかさず突っ込む。

「というか、名前で呼んでもらえませんか?」

「雪山に入るのに、薬の準備が不十分だった。それは坊ちゃまゆえの甘さかと思ったが?」

空腹に負けて雪を食べていた劉輝が腹を下した。

整腸剤を飲ませれば多少は楽になったかもしれないが、残念なことに彼らが携帯していた荷物の中にはなかったのだ。

韓升は少し前に出立した。他のはぐれた近衛に主上の無事を知らせるためだった。

そして、おそらく韓升の荷物の中にはそういった薬もきちんと準備されていたであろうと推測される。

手早く薬を調合して、は振り返る。

「さあ、どちらが毒見をする?」

の言葉に2人は顔を見合わせた。

「良い、余が飲む」

劉輝がそういったが、が彼の脳天に手刀をコツンと落とす。

「信用しすぎるな。慎重になれ。一番毒を盛りやすい状況なんだだぞ、これは」

眉間に皺を寄せてが言う。

「痛いのだ...」

「当たり前だ、言ってダメなら体に覚えさせるしかないだろう」

「私が頂きましょう」

そう言ってが調合した薬湯をひと匙掬う。

「いただきます」

そう言って一口含んだ楸瑛は顔を酷く歪めて膝をつく。

「しゅ、楸瑛?!」

「貴様!」

楸瑛の背を擦るのは劉輝で、静蘭は剣を抜いた。

「ま、待ってください、静蘭」

呻き声を上げつつも楸瑛が止める。

「毒とかそう言うのではなく...物凄く不味いんです」

「苦いだろう。もう二度と馬鹿な事はしたくないと思うだろう?」

愉快そうに彼女が言う。

「私は雪を食べて腹を下したわけではないのですが...」

「そういえば、そうだったな。さ、王様。お飲みください。二度と、雪なんぞ、口に入れないように。いい教訓です」

一口で物凄く酷い顔をした楸瑛に対して、湯呑みいっぱいの薬湯。

劉輝は助けを求めるようにを見たが、彼女は笑顔で「さ、グイッと」と酒宴で酒を勧めるかのように言う。

覚悟を決めた劉輝は彼女の言うとおり、グイッと飲んだ。

呻き声を上げ、不愉快な味覚をやり過ごそうとした。



「何でしょう?」

「ぽかぽかするぞ」

「体を冷やせばその分、体力が奪われます。体を温めるなら、外からと中から同時にしたほうが効率はいい。先ほどの食事で空腹は満たされただろう?なら、次は眠って体力を回復しろ。この2人が甲斐甲斐しく世話をしてくれるから安心して眠れ」

そう言ったは立ち上がる。

「待て、何処に行く?」

「この周囲を見てくる」

「私も行く」

そう言って立ち上がったのは静蘭だった。

面倒くさそうにが彼を見る。

「仲間を引き連れてくるかもしれない」

「好きにしろ。坊ちゃん、一人で大丈夫だな?一応声が届く範囲には居るから、何かあれば声を上げてくれ」

「だから、『坊ちゃん』は...」

「じゃあ、『坊や』だ。『ボンボン』でもいいな。どれがいい?」

「...考えておきます」

うな垂れた楸瑛に苦笑しては颯爽と森の中へと向かった。


「貴様は何者だ?」

「自分がその問いを投げられた場合、君はどう答える?」

皮肉っぽく笑ってが返した。

静蘭は目を見開く。

「馬鹿だなあ。惚けるべきところだろう、ここは」

の言葉にハッとして「貴様、何者かと聞いている」と鋭く問い直した。

と名乗っているはずだが?」

「何処の家のものだ?何の目的でこの山に居る??」

「家族はない。目的か...面白そうなものが落っこちてそうだったから、だな。実際、落ちていた」

彼女の言葉から何か情報を拾おうとしていた静蘭だったが、何ひとつ落ちてこなかった。

「紫劉輝と旺季..いや、蒼季か。面白いのは、おそらくこっちだと思ったからな」

「『面白い』とはどういう意味だ?!」

は旺季の本当の名を言いなおしたが、それはあまりにも小さく、口の中で呟いた程度だったために静蘭の耳には届かなかったようだ。

その代わり、『面白い』という表現が非常に癇に障ったようだ。

「言葉の通りの意味だ。言い直すなら、『退屈しそうにない』ならか?まあ、老い先短いジジイが執念で作ろうとする国よりも、若造が苦労して沢山の人に助けてもらって何とかかんとか作る国のほうが見ていて楽しい気がしたしな」

何より、『逃げる』ことを選んだ劉輝は面白い。少し手を貸してやってもいいかもと思ったのだ。

静蘭は真意の読めないを引き続き警戒の対象とすることを決めた。

ただ、どこか警戒心を解いてしまいそうな彼女の持つ雰囲気には困惑もしている。

「茈静蘭。君から見て私は何色に見える?」

からかうような彼女の口調に、静蘭の口からは「は?」と間抜けな声が漏れた。

「さあ、戻ろう。藍家の坊やが心細く待っていることだろうからな」

促されて静蘭は頷いた。









桜風
12.7.7


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