| は、東坡関塞の護衛の隊に組み込まれた。 王と側近、紅家当主は、紅秀麗の眠る棺が安置してある江青寺に向かった。 棺と言っても、縹家の術が施された、言葉の通り彼女が眠るために作られたもので、大切に『保管』されているのだ。 「遙姫、か...」 縹家の創始者の名をは呟く。 変わり者だった。 そういえば、秀麗もそこそこ変わり者だったなと苦笑する。 秀麗は官吏になる前は、家計を助けるために街の色んな店で賃仕事をしていた。 働き者のため、秀麗が賃仕事に入っている店では彼女を重宝した。 が彼女と初めて会ったのは、花街だった。 姮娥楼という花街随一の妓楼で帳簿付けの賃仕事をしていた。 父親に読み書き計算をしっかり教わっていた彼女は帳簿付けもお手の物だった。 「あら?」 久しぶりに姮娥楼に顔を出すと知らない子が居て、は首を傾げた。 「こんにちは」と彼女も不思議そうに声を掛けてくる。 「えーと、胡蝶はいるかしら?」 「胡蝶妓さんなら、先ほど起きたみたいです」 「じゃあ、ちょっと上がらせてもらうよ」 そう言っては上がり、胡蝶の室に向かった。 「帳場の、あの子何?」 声を掛けると胡蝶は気だるそうにを見た。 「久しぶりだね」 「ああ、久しぶりだね。それで、帳場のあの子」 「秀麗ちゃんかい?紅師、知ってるだろう?」 そういわれては頷く。 「あそこのお嬢さんさ」 「...紅家の子ってこと?」 「そうなるね。それより、。あんたまた...」 溜息混じりに胡蝶が言う。 「寝起きなのに、耳が早いね。さすが、親分衆の紅一点だ」 「からかうんじゃないよ。全く、街で騒ぎを起こして...」 これ見よがしの溜息をつかれては笑う。 「仕方ないだろう?あたしの小龍包を床に落っことしたんだ。あいつらが悪い」 「食い気かい...」 これまた呆れたように胡蝶が呟く。 先ほど、は確かに街で騒ぎを起こした。 食堂で食事を取っているとチンピラ同士の喧嘩が始まったのだ。まあ、よくある光景ではある。 しかし、こともあろうに。その店内での喧嘩のとばっちりがの卓に行ってしまい、彼女が楽しみに取っていた小龍包が床に落ちた。 暫く床に落ちた小龍包を呆然と眺めていたは、ゆらっと立ち上がり、『食べ物の恨みは恐ろしい』ということを彼女はチンピラに身を持って教えた。 喧嘩の当事者であるチンピラ2人を伸した後、そのチンピラの懐から財布を取り出してそこから代金を支払った。 まだ半時も経っていないのに胡蝶の耳には届いていたらしい。 「ねえ、胡蝶」 「何だい」 「朝食は?」 「あたしは朝食は摂らないんだよ」 「...よく生きてられるね」 真顔でが返す。 「逆に、それだけの胃袋をどうやって養ってるんだい」 呆れたように胡蝶が言う。 「それは秘密よ」 「ウチで探ってもいいかい?」 半ば本気で胡蝶が言う。 「ムリムリ。第一、あたしの素性を調べることに何の意味がある?」 ムリと断言されたことに少し引っかかったが、胡蝶は肩を竦めた。 「まあ、いいけど。、時間はあるかい?」 「ちょっとだけならね」 そう返した彼女に胡蝶は「助かるよ」と言って別室に向かう。 彼女があけた扉の向こうには『掘り出し物』と言う名のガラクタがおいてあった。 「歌梨が言うには、ホンモノだってんだ」 「あの人が言うなら、そうだろうね。というか、旦那はどうした?」 そう言ってが笑う。 「できそうかい?」 「時間的に全部はムリだよ」 「構わないよ。お代は?」 「おなかすいた」 「はいはい。饅頭でも用意しておくから、いい時間になったら降りてきておくれ」 そう言って胡蝶はそこを後にする。 多くの時間、沢山の場所を回っていたの手には、色々な技術が身に着いており、頭の中にはこれまでの歴史と知識。 人の世をうろついて、人と交わって生きているから彼らが作ったものを目にし、一緒に開発したこともある。 だから、ガラクタとなった骨董品も修復が可能だ。 は、出し過ぎない程度に自分の知識をその時代の人たちに提供することが多い。 昔自分の造った物に出会ったときには嬉しくなる。非常に、面白い。 ある程度作業を済ませてその室を出た。 そろそろ城に戻らなくてはならない。 「胡蝶、帰るよー」 店の奥に向かって言うと 「あ、胡蝶妓さんから預かってます」 と帳場に居た秀麗が立ち上がって庖厨に向かった。 すぐに戻ってきた彼女が手にしているのはほかほかの饅頭だ。 「胡蝶妓さんに頼まれて作ってみたんですけど」 「秀麗ちゃんが?」 が思わず秀麗の名を口にすると彼女は驚いたように眉を上げた。 「ああ、胡蝶から聞いた。あたしは。胡蝶とは..変わった友人ってところなのかな?」 少しおどけて言うと秀麗はクスリと笑った。 「よろしくお願いします」 と秀麗がいい、彼女の持ってきた饅頭を一口齧った。 「美味しいね!秀麗ちゃん、これ美味しいわ」 目を丸くして言うに秀麗は嬉しそうに「ありがとうございます!」と言う。 「ところで、秀麗ちゃん」 「はい」 「あたしは何色に見える?」 「...はい?」 首を傾げた秀麗には笑った。 「気にしないで。聞いてみただけだから」 そういったに秀麗は不思議そうな表情のまま頷いた。 のこの生活は誰も知らない。 両方のを知っている人がいないから、後宮の女官のと街をうろついているは別人なのだ。 しかし、その後。なぜか後宮に入った秀麗は女官のも街を歩いているの両方を知ることになる。 ただ、あまりにもその両方が極端に違っていたので彼女の中で同一人物と言う結論に至らなかったようだ。 あまり珍しい名前ではなかったことが幸いしたのかもしれないとは思った。 別に、同一人物だと知られても困ることはあまりないが、面倒だと思っていたので助かった。 そういえば、秀麗を初めて見たときも『面白い』と思ったことを思い出す。 彼女の身内からは「面白いとは何事か!」と非難轟々だろうが、それを含めて面白い。 もし、許されるなら彼女の顔を見に江青寺に行ってみようか。 ただ、女官としての、街人ののどちらかなら彼女の知り合いだから何とかなったかもしれないが、会ったこともない素性の知れない今のは彼女に近付くことすら阻まれるかもしれない。 「ま、いっか」 呟いたは夜食を貰いに庖厨に向かってみた。 |
桜風
12.7.28
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