極彩色の無色 9





「腹減った...」

ポツリと呟く。

はリオウを脱走させた罪で、軟禁されていた。

反省房に入れられているということなのだが、食事も抜かれている。

先ほどから、腹の虫が鳴きっぱなしだ。



扉の外から声がした。劉輝だ。

「なんだー?」

気のない声を返すと

「差し入れを持ってきたのだ」

と返ってきた。

「差し入れ?飛蝗か?飛蝗の佃煮か??」

数ヶ月前までこの紅州は蝗害に苦しんでいた。その退治は終わったが、そのときに退治した飛蝗を佃煮などに加工している。飛蝗に食べられた食糧の代わりに利用しているのだが、あの蝗害を目の当たりにしている人々は中々口にしようとしないとか。

「いや、握り飯を作ってみたのだ」

「あんた自らがか?」

あれ?と劉輝は首を傾げた。

先日、リオウと町に団子を食べに行ったときは1度だけ彼女は自分を名で呼んだ。これまで『坊ちゃん』とか『王様』とか『あんた』だったのに、名を呼んだのだ。

ちょっと嬉しかったのに、と劉輝はしょんぼりした。

「おーい?」

扉の向こうのが声を出す。

「あ、ああ。そうだ。余が握ってみた。食べるか?」

「もちろん」


重い扉が開く。

劉輝が持っている皿の上には握り飯が2つ乗っている。

がひとつに手を伸ばしてかぶりついた。

そして、苦笑する。

「ど、どうした?」

劉輝が不安そうにの顔を見た。

「塩っ気がない。本当に飯を握っただけなんだな」

そう言って彼女は笑った。

「あ、そうか。塩か...」

こんなものも作ったことがない劉輝はしまったな、としょんぼりした。

「いいよ。塩は貴重品だ。平時には控えた方が良い。米が食べられるだけでも贅沢だ」

そう言ってペロリと食べ終わり、手を合わせた。

「もうひとつ、食べないのか?」

「それはあんたのだろう?」

が言う。

言われた劉輝は握り飯に手を伸ばした。塩気がないとやはり味気ないんだな、と思った。

「お疲れさん」

不意に言われて劉輝は驚いた。

「いや、握り飯くらい...」

「そっちじゃなくて。決めたんだろう?会談の日時と場所を」

の言葉に頷いた。

「何が正解かわからないけど、もう失敗できないからな...」

劉輝の言葉に「馬鹿だな」とが笑う。

「正解なんてものは、後世の人間が決めることだ。例えば、今回の蝗害の対応だって、今のところ旺季の対応が最善だったような気がしないでもないが、後世の人間が『あれは失敗だった』と言い出すかもしれない。正解なんてもんは、あってないようなものだ。だから、思うままにやればいい。自分が考えて、色んなことを考えた結果の最善だったら、それで良いんだよ。今回の、返書の内容は劉輝が考え抜いて出した答えだ。劉輝にとっての最善だろう?」

劉輝は頷く。

「なら、それでいいだろう。手を抜いて決めたことだったら、何か失敗したら責められるかもしれないし、責められても仕方ない。だが、考え抜いて、全力でやりぬいた結果の失敗は、胸を張れ。それは糧だ」

は...」

「ん?」

「何か失敗したことあるか?」

「失敗をしたことがないと豪語しているやつがいたら、そいつはウソツキだ」

そう言って彼女は笑った。

「余は少し怖いのだ」

「そうだな。劉輝..王様の肩にはこの国すべての民の命が、生活が掛かっている。その責任は重いはずだ」

「余は、好きで王様になったんじゃない。王になれる人が誰も居なくなって...世話になった邵可がどうしても、と言ったからあの椅子に座った。玉座は冷たくて、硬くて...孤独だった。清苑兄上が戻ってくるまでの辛抱だと思ってあの椅子に座り続けていた。
けど、ゆっくりとあの椅子が孤独じゃなくなかった。
あんなに嫌だったのに、今は..簡単に譲るわけにはいかないって思うようになった。余のことを信じてくれる人が居る。余を『王』と慕ってくれる人が居るのだ」

「王家の血が流れてりゃ、確かにあの椅子に座る資格はある。けど、それがすべて王様になれるのとは限らない」

の言葉に劉輝は首を傾げた。

「どういうことなのだ?」

「あの椅子に座るんだったら、誰にでもできる。これまで彩雲国の歴史で『王』と呼ばれた人間の中には、唯のでっかい権力を持った業突く張りもいる。権力は魔物だからな」

そういうものだろうか...

権力にとんと興味を持たない劉輝は首を傾げる。

「劉輝、先ほど『もう失敗はできない』と言ったな。だが、これまでどの王も出来なかったことをお前は『王』としてやっているじゃないか」

劉輝は不思議そうにを見た。

「女人の官吏登用。これまでどの王も出来なかったことだ。歴史が長ければ長いほど新しい制度を作ることは難しい。それをやってのけた。紅秀麗が重ねている功績は、即ち女人を官吏に登用するを決断した劉輝の功績だ」

「余の...」

「きっかけは、何だったかはわからない。だが、紅秀麗のこれまでの功績を見れば劉輝の取った政策は、少なくともひとつは成功していることになる。かなりでかいのがな」

の言葉に、劉輝は秀麗を思い浮かべる。


「ところで、明日でいいからちっさい歴史には残らない決断をしてくれないだろうか」

がいう。

「何だ?」

「明日にはここから出られるようにしてもらいたい。若しくは、食事をもらいたい。抜かれると非常に辛い」

の言葉に劉輝はきょとんとして、そして笑う。

「うむ、わかったのだ」

「助かる」

も笑って返した。

翌日、約束どおりは反省房から出してもらうことが出来た。









桜風
12.8.25


ブラウザバックでお戻りください