極彩色の無色 10





旺季との会談のために紫州に入った。

野営の天幕の前で空を見上げている劉輝の耳に届いた報告。

の姿が消えた、と。

「やはり殿は、旺季殿の間諜...」

楸瑛が呟いた。

しかし劉輝は首を横に振る。

は、風のようなところがあるからな」

微笑を浮かべる劉輝に楸瑛は不思議そうな表情を浮かべた。

「それに、旺季の軍勢の方が段違いに多いんだ。戦力差がこれだけあるのに、間諜を送る意味がない」

言われてみればそうだと楸瑛は納得した。

「なあ、楸瑛」

「はい」

「楸瑛には、が何色に見える?」

殿ですか?何色と申されましても、人を『色』で表現するのは難しくないですか?」

「そうだな」

瞑目して劉輝は同意した。

「しかし、主上。殿、本当に大丈夫ですか?」

「面白くなくなって消えたかもしれないが、は余の敵ではない」

キッパリと言い切った劉輝に楸瑛は反論することは出来ず、「わかりました」と頷いた。


劉輝が会談の日と決めたのは、リオウが返書を持ち帰った日のおよそひと月後の正午。

紫州でも名残雪が溶ける頃の五丞原という場所だった。

はその会談の日、五丞原から少し離れた山奥に分け入っていた。

「だーかーらー、簡単に他人を信じるなっていったのにねぇ...」

口ではそんなことを言いながらも表情はとても嬉しそうだった。

少し先には、様子を見に入った別働隊が一隊、火矢を構えている。

「さーて、面白いことを潰させてなるものかってね」

ガザッと草音がして別働隊は驚いて振り返る。

「今の王様、ちょっとお気に入りなの」

はそう言って笑い、跳躍した。



五丞原では劉輝と旺季の一騎打ちが行われてた。

不意に、隠れ里の方から煙が上がる。

あそこでの作業はすべて終了した。だから、煙が上がるのはおかしい。

「お、おい。あれって隠れ里のほうじゃないか」

旺季と共にその場に来た孫陵王が呟く。

背後の兵達がざわめき始める。

ジワジワと殺気が上がる。

「火矢を掛けられたんですよ、王の軍勢に」

不意に加わった声。

陵王が振り返ると凌晏樹がいた。

「どういうことだ?」

「王はこの戦を不利と悟って、旺季様の領地である隠れ里を襲わせたんです。血も涙もないですね。だから、それを後ろの軍に伝えてきたんです」

「ありえない!」

楸瑛が声を上げる。

「でも、斥候を申し出た隊があるんじゃないの?」

晏樹の言葉に、楸瑛は言葉をなくした。

晏樹は、紅州に自分の間諜を紛れ込ませていたという。いざとなれば一隊作って王軍のふりをしてあの隠れ村を焼き討ちしろと。だから、この焼き討ちは間違いなく王の仕業だと。

晏樹の言葉を聞いて浮かんだ人物がひとりいた。

――だ。

王に信頼されていた。だが、その素性は全くわからない。そして、晏樹が送り込んできた間諜と言うことなら凄く納得が行く。

唸るような殺気が押し寄せてきた。

旺季を守ろうと彼の軍が一騎打ちをしている2人の元へと向かっている。

戦争が、始まる。


「待て!」

兵士達の殺気の渦を切り裂くようにまっすぐ鋭く伸びる声がその場に滑り込む。

誰もが動きを止めた。止めざるを得ない力がそこにあった。

馬上には武具を身に着けた女、の姿がある。

圧倒的なその声音に、誰もが呆然と馬上の彼女を見上げる。

ドサッ、劉輝と旺季の間に何かが落とされる。

その何かが唸った。人だった。

「全部吐かせた。今回の隠れ里の焼き討ちの命令は凌晏樹。つまり、旺季の陣営による計略だったとな。あと、こちらの方には村が無事だと言う証人として同行していただいた」

「旺季様...」

旺季は目を見開く。隠れ里の住人だ。

「蒼季、久しぶりだな」

旺季は改めてを見た。そして、「何故」と呟く。

「なんとも面白くないジジイに成り下がったな」

そう言って馬を下りたは、一緒に連れてきて隠れ里の住人が馬から下りるのを手伝った。

「あの時のお前は『面白い』と思えたのに、年を取ればこんなにもつまらなくなるのか」

一度朝廷を下ったとき、蒼季は仲間とはぐれた。

どうにかこうにか山の中を歩いていたら、武具を身に着けていた女にあった。

食糧を分けてもらい、着る物を借りた。

その着る物は返せないまま、金の工面が必要になり、悪いと思ったが売って金を作った。

もし、次に会ったときにはあのときの礼と、勝手に彼女のものを売り払ったことを詫びようと思っていた。

しかし、時を経て目の前に現れた彼女は、昔自分が出会ったときのままの姿だった。

「蒼季、耄碌したな。貴様の仲間がどんなやつか把握できていない。いや、把握していて敢えて放っておいたのか?益々くだらん」

「邪魔をするな」

低く唸るように声を出したのは晏樹だった。

「アホ垂れ。もう失敗した。策を二重三重に打ったつもりだろうが、全部そこの紅秀麗に読まれていたぞ」

の言葉に晏樹は秀麗を見た。

秀麗は、何故初対面の彼女が自分の名前を知っているのだろうかと不思議に思った様子だった。

「劉輝の臣下、茈静蘭と浪燕青が隠れ里にやってきたぞ。もし、あの村を焼こうとしている人物が居たら全力で阻止するように紅秀麗から指示を受けたと言ってな」

その言葉を聞いて秀麗は息を吐く。間に合った、と。

「蒼季、お前の時代は終わった。遅すぎたんだ。まあ、お前の時代が中々来なかったのは戩華が意外と粘ったのも原因だろうがな」

「まだだ。まだだよ」

狂気を孕んだ目で晏樹が呟く。

「アホ垂れ、火計はムリだよ。雨が降る。春嵐がくるぞ。それに、もう積みだ。何も持っていないはずの劉輝は、意外と色々持っていたんだよ」

がいうと、方々から馬のひづめの音が近付いてくる。

「紫劉輝。お前の作る面白い世を楽しみにしているぞ。じゃ、私はお前の軍から除籍しておいてくれ。ではな、蒼玄の子供よ」

そう言ってはひらりと馬に乗り、手綱を打った。

軽やかに馬は山を駆け下りていく。

それを呆然と見送る彼らの元に各州の軍がやってきた。劉輝への忠誠を誓う七州が揃った。









桜風
12.9.1


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