| 春になり、人事が行われた。 これまで王の傍にいた者たちは中央を離れる。多くの経験を積ませる必要があると考えての人事だ。 「寂しくなりますね」 劉輝の私室でが言う。 筆頭女官の珠翠が居なくなってからは、藍家の十三姫が筆頭女官を務めており、後宮は劉輝の最も心強い要塞と化している。 「そうだな」 の淹れた茶を飲んで劉輝が頷く。 「」 「何でしょう」 「そなたは、昔余に聞いたな」 ポツリと呟く。 「何をですか?」 「そなたは何色かと」 は頷いた。 「そなたは、風の色だな」 「はい?」 は首を傾げた。 「風でございますか?」 「そうだ。少し、庭を散歩したい。供してくれるか?」 「畏まりました」 劉輝と揃って庭を歩く。 桜の花びらが風に舞い、優しい春の雨のように静かに降り注ぐ。 「そろそろ桜の季節も終わりますね」 が言う。 「そうだな」と頷いた劉輝の掌に一片花びらが落ちる。 劉輝について歩くと、そのまま庭を出て行くことになった。 どういうことだろう... 不思議に思いながらも彼とともに歩くと、桜の木の下に卓があった。その周りには、劉輝の側近や、リオウ、秀麗も居た。 忙しいのに何しているのだろうとは不思議に思っていた。 「皆が地方に行く前に、少しだけ時間を取って、茶を飲もうと話をしていたのだ」 「では、わたくしは...」 そう言ってその場を去ろうとしたが、「そなたもだ」と止められた。 「まだ、礼を言っていなかったからな」 は不思議そうに劉輝を見上げた。 「五丞原で戦を止めてくれた礼だ」 劉輝の言葉に驚いたのはだけではなく、リオウを除く全員だ。 リオウは、今彼女を目にしてすぐにあのと同一人物だと感じることが出来たのだ。 「初めてに会ったとき、余はそなたに聞かれた。そなたが何色に見えるかと。そなたの口から出たこの質問は、何故か凄く自然な問いに思えた。 中々見つからない答えだったが、あのときに思ったんだ。そなたは風だと。春嵐だ。それが余の出した答えだ。『色』というには些か可笑しいか?」 「そうか」 不意にの纏う空気が変わる。 あのでもなく、ぼんやりと『よくわからない』何かに変わった。 ひとり、それを目にしたことがある絳攸は目を見開く。 「あんた...」 「どうだ、童。山あり谷ありの充実した苦労が絶えない人生が送れているだろう?」 少し掠れていて中性的な声で言われる。 「そなたは、仙だったのだな」 「まさか、彩八仙?!」 劉輝の言葉に楸瑛が声を上げる。 「あんな面白みのない集団と一緒にしないで貰いたい。我は色を持たない者。無色ゆえに極彩色を纏う。だが、そうだな。次に人の世と交わるときには『春嵐』と名乗ってみようか。 だがな、劉輝。我があそこで邪魔をせずとも戦は止まっていた、きっとな。お前の手の中にある全てがそこに揃っていた。寧ろ、我が面白さを削ってしまった。我も蒼季のことは言えないな」 自嘲気味に笑うそれに 「...行くのか?」 と劉輝が問う。 「ああ、そうだな。それなりに楽しませてもらったからな」 「また会えるか?」 「お前はムリだ」 はっきりとそれに言われて「そうか」と劉輝は少し落胆した。 「ではな。女官の方も除籍しておいてくれ。散らかし放題で悪かったな」 それが秀麗を見た。 「よく頑張ったな」 そう言ってそれはふっと消えた。 「居なくなったのか?」 劉輝がリオウに問うと、団子の礼を言い忘れた、と少し後悔しながら彼は「ああ」と頷く。 ***** 穏やかな日が続く。 窓の外の雲を眺めながら彼女は溜息を吐いた。 「姫様」 窘めるように言われて彼女は姿勢を正した。 今日から新しい教育係が来ると聞いた。 どんな人だろう。 緊張した面持ちで扉が開くのを待つ。 入ってきた人物は、どこか不思議な雰囲気を持っていた。 「面を上げなさい」 透き通る声が室内に響いた。 ゆっくりと顔を上げる新しい教育係。 「名は?」 「春嵐と申します」 姫には大きな存在が傍にあった。それが凄く重くて、息苦しいと思うこともある。 しかし、それが課せられた運命だと諦めにも似た気持ちで受け入れていた。 彼女の高祖父は『最上治』の誉を取る治世を行った紫劉輝。そして、その娘である曾祖母は至上稀な女王としてこの国を治めた。 どうやら、自分はその曾祖母に似ているらしい。自然と周囲の期待は自分に向けられる。 そんな中での教育係。どんな人なのだろうか... 不思議そうに自分を見下ろす彼女を見て春嵐は微笑んだ。 姫はドキリとして座っている椅子の上でたじろぐ。 「姫様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」 春嵐が問う。 「構わないわ」 「姫様からご覧になって、わたくしは何色でしょうか」 唐突な問い。しかし、何だかしっくり来るそれに姫は少し考え 「今はまだわからないわ」 と返した。 そして、 「わかったとき、答えましょう。それで良いかしら、春嵐」 と確認する。 「お待ちしております」 深く頭を垂れて彼女は返した。 |
桜風
12.9.10
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