恭賀新年





前年の猛暑が嘘のように今冬は冷えていた。

屋根の上に座って東の景色を眺める。

今の季節は空気が特に澄んでいるから月の光も冴え冴えとしている。


時折、手を合わせて指先に白い息を吐く。おしりも結構冷たく感じてきた。

「何か敷いておけばよかった...」

ポツリと呟く。

「こんなところで何をしている、


不意に背後からくぐもった声が聞こえて
は振り返った。

奇妙な仮面をつけた男が屋根の上を器用にもスタスタと歩いてくる。今は夜で、月の光のみで足元が明るくないのに、足取りは地面の上を歩いているときと何ら変わりない。

「鳳珠様」

は立ち上がった。

その際、バランスを崩して屋根の上でよろける。

慌てて鳳珠は手を伸ばして
を引き寄せた。

「危ないから、屋根に上るのはやめろと言わなかったか?」

「でも、気持ちが良いんです」

鳳珠はこれ見よがしに溜息を吐いた。


は15年前、黄家の前に捨てられていた。

それを鳳珠が拾い、育ててきた。

好奇心が大盛で、危ないことはやめるようにいっても聞かない。

屋根に上るなと言うのは一番多く口にした小言のように思える。しかし、
はやはり此処に上る。

いい加減鳳珠は諦めてはいるが、やはり
の姿が屋根の上にあると心配で自分も上ってしまうのだ。

鳳珠にとって
は年の離れた妹のような存在だ。下手をしたら娘と思われてしまうかもしれない。

の事を心配するのは嫌ではないが、出来れば心配をしないで過ごしたいとも思う。



「全く。『気持ちが良いんです』じゃない」

少しだけ語気を強めた。

は首をすくめて「ごめんなさい」と謝る。

またどうせ繰り返すのだろうと思いながら、鳳珠は
の手を離した。

「何をしていたんだ?」

「待ってるんです」

の言葉に「そうか」と返して鳳珠は屋根の上に座った。

どうやらそれに付き合う気があるようだ。

はちょこんと鳳珠の隣に座った。

暫く2人は東の空を眺めていた。

は先ほどと同じように時折指先に息を吐いて悴む手を温める。

その様子が気になった鳳珠は隣に座る
の体をひょいと持ち上げて自分の足の間に置いた。

「ほ、鳳珠様!?」

「寒いのだろう?」

そう言って後ろから抱きすくめて手を重ねる。

暖かい。

確かに、暖かいが。

そんな暢気な感想を抱くよりも今のこの状況が恥ずかしい。

「あ、あの鳳珠様」

慌てて
が名前を呼ぶ。

の反応が思ったとおりのものとなり、鳳珠は内心笑っていた。

「何だ?」

「えーと、鳳珠様は寒くないんですか?」

「...寒い。だから、お前で暖を取っているんだ」

そう言われたら「離してください」などと言えるはずも無く、
は黙り込んで俯いた。

ちなみに、鳳珠はそんなに寒いとは思っていない。

暫くして東の空が明るくなってきた。

「ようやく、時間だな」

と俯いている
に鳳珠が声を掛ける。

が顔を上げた。

山際が白くなり、光の塊が顔を出してきた。

「鳳珠様、ご来光です」

振り返って奇妙な仮面にそう言った。

はそのつもりだったが、いつの間にか鳳珠は仮面を取っていた。

驚いてその顔を見ていると

「せっかくの初日の出だ。これを外して見たいと思ったんだ」

と手に持った仮面を軽く振った。

は鳳珠の顔を見ても壊れないという希少価値のある人物だ。


暫く太陽の光を浴びていた2人は屋根を降りることにした。

鳳珠は朝賀があるため、出仕をしなければならない。

その仕度を手伝いながら
は鳳珠に言う。

「あ、そうだ。今年も鳳珠様に贈り物があります。ちょっと待っててください」

そう言った
は一旦席を外して戻ってきた。

手には真新しい仮面がある。

「今年もよろしくお願いします」

と挨拶をしながら渡してくるその仮面を受け取って鳳珠は暫くそれを眺めた。

何故か、ここ数年
は元日に鳳珠に仮面を贈る。

今まで何となく聞いていなかったが、聞いてみることにした。

は、何故仮面を私にくれるようになったんだ?」

何かきっかけがあると思う。

態々“仮面”を選ぶというのは中々思いつかないはずだ。

少なくとも、鳳珠の周囲にはそんな贈り物をするのはあの紅黎深くらいのものだ。

「鳳珠様のお友達の紅黎深様に教えていただいたんです。鳳珠様は、仮面を贈られるのが一番喜ばれるんだ、と」

鳳珠の脳裏に、扇子で口元を隠した高慢ちきな黎深の顔が浮かんだ。

(アイツ、
になんて事を教えるんだ!!)

一瞬彼に対する罵声を口にしかけてそれは寸でのところで飲んだ。

、この先何があろうとも、あいつの助言だけは聞くな。いいな?」

そういう鳳珠に

「お気に召しませんでしたか...?」

としょんぼりとして
が俯いた。

「あ、いや...気に入った。これは、気に入った!」

鳳珠が慌てる。そこまで落ち込むことだったのか。

「じゃあ、来年も仮面を受け取っていただけますか?」

「...ああ、楽しみにしている」

何故か黎深に敗北感を抱きながら、鳳珠は頷いた。

「では、私からも後から
に何か贈ろう。何が良い?」

「いえ、いいですよ」と慌てる
の言葉は無視して「私が帰って来るまでに何が良いか決めておけよ」と言って部屋を後にした。

その顔につけているのは、先ほど
から貰った仮面。

とりあえず、今日の朝賀の挨拶が終わったら黎深を捕まえて文句を言わなければ...!!

部屋に残された
が困り果てているとは露とも思わずに鳳珠は軒に乗った。








桜風
08.2.7
08.3.9(再掲)


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