とりっくおあとりーと





「とりっくおあとりーと!」

家に帰った途端、突然そう言う
に楸瑛は目を丸くした。

「とり..何だって?」

初めて聞く言葉に楸瑛は思わず聞き返す。

突然言われたそれを覚えることは出来なかった。


「お帰りなさい、楸瑛兄様」

はにこりと微笑んで言う。

「あ、ああ。ただいま」

何だか妹の視線に温度がないな、と思いながらも楸瑛は取り敢えず答えた。

「もう少し、薄いほうが良いですよ」

「何がだい?」

「移り香です」

簡潔に答えられたその単語に楸瑛はしまったと一瞬顔を顰める。

移り香に関してはちゃんと自覚は有った。だから、これでも一応外で時間を潰して帰ってきた。

しかし、匂いというのはすぐに慣れるようで、自分では気付かなかったがどうやらまだ結構強いようだ。

思わず腕を上げて袖に鼻を近づける。

...よく分からない。

「早く衣をお替えになってください」

そう言って
は踵を返す。

楸瑛は肩を竦めて自室へと向かった。


楸瑛が衣を着替えていると甘い香りが漂ってくる。

着替えを手伝う家の者に聞いてみると、
が菓子を作っているという。

「何でまた、突然...?」

聞いてみても、皆首を捻る。

庖厨に向かうと家のものから聞いたとおり、は菓子を作っていた。

、突然菓子を作るなんてどうしたんだい?」

「だから、『とりっくおあとりーと』なんです」

やはり分からない。

楸瑛は柱に体重を掛けて腕を組む。

、その『とりっくおあとりーと』とは何だい?私の知らない言葉だね」

「西の国のお祭らしいです。晩秋の頃、小さな子が仮装して、近所を回って『とりっくおあとりーと』と言ってお菓子を貰うそうですよ。たしか、意味は『お菓子をくれなきゃ悪戯をしちゃうぞ』だったと思います」

の言葉に楸瑛は驚いて、そして笑う。

はお菓子をくれと私に言ったのか。では、今日の帰りに何か買って帰ろう。何が良いんだい?」

「違います。ちょっと楽しそうだから言ってみただけです」

慌てて言うに楸瑛はまた笑う。

「では、行ってくるよ」

そう言う秀麗に
は手を止めて門まで見送りに出た。



夕方、帰ってきた楸瑛に
は驚く。

正しくは、楸瑛の隣に居る人物を見て驚いた。

「久しぶりだな、


そう言ったのは楸瑛の親友、李絳攸。

「お久しぶりです、絳攸様」

ワケが分からずに楸瑛を見上げると楸瑛は片目を瞑ってみせる。

「ああ、そうだ。これを」

そう言って絳攸は何かの包みを差し出す。

迷いながらも受けとった
が絳攸を見上げると「開けてみてくれ」と言われてそれを開けると菓子が包んであった。

「菓子をあげないと、悪戯をされるんだろう?えー..『とりっくおあとりーと』だったか?」

驚いた
が楸瑛を見上げるとわざとらしく視線を外している兄の姿があり、 は思わず

「楸瑛お兄様!!」

と非難を含んだ声を上げた。

そんな自分の声の大きさに驚いた
は慌てて自分の口を塞ぐが目の前に立っている絳攸も 同様驚いた表情だった。

少し沈黙が降りた後、絳攸が小さく噴出す。

でも大声を出すんだな」

は真っ赤になって家の中に駆ける。

「俺は、悪いことを言ったか?」

「いいや、私はそうは思わないけどね」

絳攸の疑問に楸瑛はさらりと答え、そのまま絳攸に家に入るように促す。

そして、家に帰った楸瑛と、お呼ばれした絳攸を待ち受けていたのは、
の作りすぎた菓子だった。

食後にそれを出されたのだから、楸瑛と絳攸は流石に言葉に詰まる。

しかし、妹が可愛くて仕方のない楸瑛と、結構義理堅い絳攸はそれらをかなり平らげた。

が、それでもなくならなかったそれは絳攸が少しお土産にもって帰ることになった。


こんな時間に迷子になっては大変、ということで藍家の軒で絳攸の屋敷の近所まで送り、さらに供の者に玄関まで送るようにしている。

一応名目は『護衛』だ。

「すまなかったな、俺の方が沢山もらい物をしてしまった」

「いいえ。あの、無理にそんなにお持ち帰りにならなくても大丈夫ですよ。今の時期ですと多少の日持ちもしますから」

ちょっとした荷物になった絳攸の手にある自分の作りすぎた菓子を見ながら申し訳無さそうに
が言うと

「いや。美味かったからな。ありがたい」

と絳攸が応える。

はその言葉に赤くなってうつむく。

「じゃあな」

そう言って絳攸は軒に乗って藍家を後にした。

「良かったね、


何処から湧いてきたのか、突然兄に声を掛けられて
はビクリと体を振るわせる。

「突然声を掛けないでください」

の言葉に楸瑛は肩を竦ませて

、『とりくおあとりーと』」

と言ってみた。

「まだ足りませんでしたか、お菓子」

の言葉に楸瑛は苦笑を漏らして

「いいや、沢山味わせてもらったよ。しかし、何だか不思議な言葉だと思ってね。
にとっては魔法の言葉じゃないのかな?」

楸瑛の言葉に
はそうかも、と思いつつもハタと思い出す。

「楸瑛兄様、とりっくおあとりーと!」

「おやおや、絳攸から貰ったものだけでは足りなかったかい?では、私もお土産を渡すとしようかな」

流石、藍楸瑛。女性への贈り物は忘れていなかったらしい。それがたとえ自身の妹であっても。







桜風
07.10.29
07.11.25(再掲)


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