| 「...本が逆さまだぞ」 呆れたような声が頭上から降ってきた。 ・は慌てて自分を隠すためだけに目の前に立てている本の向きを直した。 ガタッといすを引いての隣に座ったのはアスラン・ザラ。 の年上の幼馴染である。 「いい加減、声を掛けてみたらどうだ?」 「ムリムリムリムリ!!!」 何回『ムリ』というつもりだったのか彼女は勢いのまま『ムリ』を繰り返した。 「少し声のトーンを落とせよ」 やはり呆れたようにアスランが言う。ここは図書館だ。場所をわきまえた方がいいと思う。 はグッと言葉に詰まって「コホン」と小さく咳払いをした。 「だって、あのイザーク・ジュールじゃん」 「まあ、あれはイザークだな」 が先ほど呪いでもかけているのかと思われないばかりに本の影からじっと凝視していたのは、自分が知っているイザーク・ジュールだ。 それに間違いはない。 だが、何だってこんなに... 「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」 「ひとつだけよ?」 アスランが声を掛けても彼女の視線はイザークに固定されている。 「どうして突然イザークなんだ?」 「良くぞ聞いてくれました!」 「だから、声のトーン...」 もう注意する気にもならないし、聞くんじゃなかったという後悔の念に駆られつつも、自分が振った話題なので最後まで責任を持とうと覚悟した。 「あのね、あのイザーク・ジュールの読んでいる本。よーく御覧なさい」 促されてアスランは彼が興味深そうな表情を浮かべながら見ている本の背表紙に注目した。 『今日の料理』 「え?!」と思わず声を漏らす。 イザークの趣味は民俗学だと聞いたことがある。だから、そういった傾向の本を読んでいるのだと思っていた。 それなのに、『今日の料理』って何だ?! を見る。 「ね?興味津々にならない?最初は別の意味で興味があったんだけど、最近はあのミステリアスな所になんていうか..目が離せない、っていう感じなの」 「...ひとつ、聞いていいか?」 「2つ目だということを自覚して」 の指摘に今度はアスランがわざとらしく「コホン」と咳払いをした。 「もうひとつ、質問を追加してもいいか?」 「この間行ったカフェのケーキセットね」 何で... そんな疑問が浮かびもしたが、アスランは気を取り直した。 「イザークは『今日の料理』なんて読んで何を考えているんだ?」 「それは、イザーク・ジュールに直接聞く必要があるわね。アスラン、GO!」 犬にボールを取って来いというような口調のにアスランは肩を竦めた。 「残念ながら俺はイザークに嫌われているようで、中々そういった会話を持つことが出来ないんだ」 「アスラン、あのイザーク・ジュールに何をしたの?!おじ様とイザーク・ジュールのお母様は同じ職場なのでしょう?もしかして、親の確執が原因?親は親よ?子供まで仲悪くする必要はないと思うな」 勝手に話を進めているにアスランは深く溜息をつく。 「いや、親同士は特に何かあるってワケじゃなさそうなんだ」 「じゃあ、アスランが原因か...」 「何故そうなるんだよ?」 「あのイザーク・ジュールの顔を御覧なさい。今日の料理を読みながらも静かな眸をしているでしょう?アスランが悪いに決まっている」 「が勝手に妄想するのは構わないが、俺に冤罪を擦り付けるのは辞めてくれ」 疲れたな、と言外に言うアスランにはお構いなしだった。 まあ、いつものことだが... がパタンと本を閉じた。 「今日はこれ以上イザーク・ジュールの動向は探れそうにないわね。さ、アスラン。行くわよ」 「どこに?!」 「さっき約束したでしょう?2つ目の質問に応じてあげたんだから、奢ってよね。膳は急げ。それとも、利子が付く方がいい??」 の言葉にアスランは面倒くさそうに腰を上げた。 このまま保留にしてたら何が利子として付くか分からない。 とアスランが図書館を後にしたのを確認して「なあ、まだ続けるのか?」との視界には全く入っていなかったと思われるディアッカが隣に座るイザークに声を掛けた。 最近、自分を熱心に観察している女子が居ることをイザークも気が付いていた。 それがアスランの幼馴染だと知って、無条件で邪険にしてしまうところだったが、何せ彼女は物凄く熱心だった。 面白がって、こうしてからかって遊ぶほどには興味を持ってしまったのだ。 「面白いじゃないか」 「面白いけど...アスランが少しだけかわいそうになってきたんだけど」 「フンッ。あいつのことはどうでもいい」 「イザークもえらく気に入っちゃったよなー。えーと..」 「・」 女性の名前は忘れないディアッカだが、逆に覚えている女性の数も多いため、頭の中を検索しているうちにイザークに彼女の名前を言われてしまった。 「何だ、知り合い?」 「いーや、まったく」 楽しそうに返すイザークにディアッカは意外そうに眉を上げた。 以前図書館に来ると、何だか物凄く必死に何かをしている少女が目に入った。 興味を持って彼女の傍を通った。 彼女は持ち物に名前を書く主義だったらしく、結構大き目の字で『・』と書いてあったのだ。 何となくそれに好感を抱いた。 だから、彼女がアスランの幼馴染でもこうしてからかってみようと思っているのだろう。 あの必死に進めていた課題はちゃんと期限までに終わったのだろうか... あまり遠くない昔を懐かしみながらイザークはクスリと笑う。 幸いなことに、隣に座るディアッカが気味悪そうにしているのにイザークが気づかなかったため、図書館の静寂は守られた。 今度はどの本を読んでみようか... 今まで手にしたことないジャンルの本を手に取る楽しみを教えてくれた少女のあの真剣に悩んでいる表情を思い浮かべてイザークは次のいたずらを考えていた。 |
桜風
09.10.1