| プラントにも『夏』はある。 そして、夏といえば海というのはどうやらコーディネーターも同じらしい。 生態系の関係からプラントにも海はあり、それは夏になると海水浴場として栄える。 「何が嬉しくてこのクソ暑い中外に出なければならんのだ」 ブツブツと文句を言っているのは、イザーク・ジュールで「まあまあ」と宥めてるのは彼の腐れ縁のディアッカ・エルスマンだ。 「いいじゃん、可愛い子がいっぱい居るんだから」 とご機嫌に言うのはラスティ・マッケンジーで「しかし、今日はかなり暑く設定されていますよね」と空を見上げたのはニコル・アマルフィだ。彼もインドア派なので、きつい日差しは正直苦手だ。 「年に数回はあるよな、これほどの暑い日は」 額の汗をぬぐいながらアスラン・ザラがニコルの言葉に頷いていた。 彼らの住むプラントは気候などはコンピュータで制御されている。 そのため、この茹だるような暑さも人工的なものだ。 この暑さも生態系の保持には欠かせないものだと研究者が言っているのだろう。 「おー、見えてきたー!」 車を運転していたのはアスランで、その隣に座っていたラスティが声を上げる。 ラスティの声に反応して彼らはいっせいに窓の外を見た。 少し遠いが、きらきらと光る水面が目に入る。 「海見たらワクワクしない?!」 振り返って同意を求めたラスティは肩をすくめた。 やっぱりご機嫌斜めのイザークに、少し体調が悪いのかおとなしくしているニコル。 そして、振り返ったラスティに小さく頷いたディアッカはやっぱりイザークを宥めている。 こんな狭い空間で暴れられても困るのだ。 「イザーク、何が気に入らないんだろうな」 運転手となっているアスランにこっそりと声をかける。 「パーティが気に入らないんだろう。イザークは、パーティがあると大抵機嫌が悪い」 アスランも小声で返す。 なるほど、とラスティは納得した。 彼ら5人の共通点は、親が資産家だということだ。 よって、社交界というものがとても大切と考えられており、その社交界とはすなわちパーティだ。 本人は全くその気はなくても、そのパーティは将来の伴侶を決めるために親たちが目を光らせたり、玉の輿に乗りたいとか事業の拡大を狙っているとかそういう裏のある考えを持つものが集う場となる。 ディアッカやラスティはそれなりにそんな空気や駆け引きを楽しんでいるし、アスランとニコルはそういうものだと諦めている。 唯一楽しみもせず、諦めもせずに居るのが先ほどからご機嫌が非常に悪いイザーク・ジュールだけだった。 今回もそういう目的の海旅行なのだ。 親たちは別にこちらに向かってきている。 仕事があったり、既にランチで食事会などの用事が入っており、昼間くらいなら遊んでも良いということで子供たちだけは海にやってきたというわけだ。 夜は招待された海辺の別荘でイザークが大嫌いなパーティが開かれる。 砂浜も白く輝いていた。 そこはプライベートビーチで人は多くない。 ただ、今回招待した客人たちに開放しているのでそれなりに人はいるが、すでにここも社交場になっている様子でイザークは露骨に顔をしかめた。 「ニコル、調子が悪いなら別荘の方に行くか?」 アスランが問う。 「そうですね、ちょっと横になりたいのでそうします」 「えー、せっかくの海なのに?」 ラスティが言うと「無理させるわけには行かないだろう」とディアッカがとめた。 「じゃあ、俺が別荘まで送ってくから。俺も、海はそんなに好きじゃないから」 アスランがそういう。 「イザークはどうする?」 「そこらへんを散歩する。時間までには別荘に行くから気にするな」 そういってスタスタと歩き始めた。 「あれ?俺らだけ??」 ラスティがディアッカを見る。 「ま、いいんじゃね?」 肩をすくめたディアッカはそのまま浜辺へと足を向けた。 「だよねー」 とラスティも呟き、ディアッカを追いかけた。 「ったく、あいつらは何が楽しいんだか...」 ブツブツと呟きながらイザークは岩場を歩いた。 一瞬ニコルたちと別荘に向かおうかとも思ったが、そうなると缶詰になるのだろうと思い、それはいやだったのでこうして一人で適当に時間を潰している。 ふと、海を見た。ぷかぷかと人が浮かんでいる。 波に体を任せて浮かんでいるだけだろう。 そう思っていた。 しかし、彼女は全く動かない。 不審に思ってイザークはそちらに足を向けた。 この岩場から水面まではそこそこの高さがある。 「おい、生きてるのか?」 声をかけた。 しかし、返事はもちろん、反応がない。 少し離れた沖を水上スキーが通った。 と、なるとしばらくすれば大きな波がやってくる。 そう思っているとやはりそういう波が向かってきている。 「おい、波が来るぞ」 死んでいるならそれは関係ないだろうが、イザークは海に飛び込んだ。 「あ、あの。ごめんなさい」 イザークは隣で小さくなっている彼女に視線を向けた。 怪我はないようだ。 対してイザークは腕を切っている。あのままだと岩場に直撃となりかねない彼女を抱えて庇ったためイザークの腕が岩場にぶつかりそのときにざっくりと切れてしまったのだ。 見た目は『ざっくりと』という表現をしても過剰表現ではないが、意外と傷は浅いため、痕は残らないだろうし、出血の割には治りも早いはずだ。 しかし、あの時彼女は寝ていたという。器用なことだ。 海の波はゆりかごみたいで気持ちが良くてよくうとうとしてしまうのだとか。 今回ももうちょっと安全な砂浜の沖に居たのだが、どうやら流されてしまい、こんな岩場の傍でプカプカ浮かんでいたと彼女はいう。 「ラッコでも流されないように体にワカメを括り付けるというのにな」 呆れたようにイザークがチクリと厭味をいった。 彼女は益々小さくなる。 しかし、彼女に怪我がなくてよかった。その綺麗な肌に傷がついたらきっと親が嘆く。 まあ、プラントの技術があれば大抵の傷は消すことが出来るから痕が残るということはないだろうが、恐らく親に海に行くことを禁じられるだろう。 「まあ、怪我がなくてよかったよ」 「ご、ごめんなさい!ええと、・です。お名前を伺ってもよろしいですか?」 眉を八の字にしてと名乗った少女が言う。相手の名前を聞く前に自分が名乗るという礼儀は持ち合わせているらしい。 しかし、イザークは別の意味で驚いて思わす目を見開いた。 『』とは、本日の招待主でパーティの主催者だ。 娘が居る話は聞いたことがない。まあ、娘を持つ資産家には少なくないことだが... 変なのに言い寄られたら大変だから、と隠していることがあるのだ。 「イザーク・ジュールだ」 「イザーク様。あの..腕にお怪我をされています。えーと、家が近いのでいらしてくださいませんか?手当てをさせてください」 「そんなに深い傷じゃない。こうして止血をしているし、大丈夫だ」 それでも心配そうに自分を見上げてくるものだからイザークはため息をついた。 「わかった。じゃあ、そのお言葉に甘えさせていただきます、嬢」 は目を丸くする。 「を知らない資産家は居ない。気をつけろ。親に名乗るな、といわれなかったか?もしくは、偽名を言うように、とか」 「...言われています。けど、助けていただいたのに、嘘をつくことはできません」 きっぱりとが言った。 意外だな、とイザークは苦笑する。 さっきみたいに泣きそうな顔をしていると凄く大人しくて従順そうな印象があったが、今の表情はその真逆だ。 「まあ、オレもそろそろ邸に向かわないと一緒に来たやつらがうるさいだろうからな」 そう言ってイザークは苦笑して立ち上がる。 「お手をどうぞ」 からかうようにイザークが手を差し出すとは躊躇いがちにその手を取った。 「お客様だったんですね...」 「ジュールもそこそこ有名なんだがな...」 ぼやくように言うとがあわてたのでイザークは噴出す。 「か、からかったのですか?!」 「まあ、な。これくらい良いだろう。海が好きなのか?」 「はい。気持ち良いですよ」 「泳ぐのは?」 「得意です!」 胸を張って誇らしげに彼女は言った。 確か、宿泊予定だったか... 明日の予定を思い浮かべ、時間があるようだったら海の水の中に入ってみるか。 何となく、波に揺られていたい気分になった。 |
桜風
09.7.1