始まりの言葉





『好き』もなければ『愛してる』もない。始まり方も何となくこう..曖昧と言うか...

一体全体どういうことだ??


「はぁ...」と盛大に溜息を吐いたのは

「幸せが逃げたなー。今回はまた大量に」

深い溜息だったので『大量』と言っているのだろう。

目の前に座ったディアッカがアイスコーヒーのストローに触れてそう呟いた。

「で?どういうことだと思いますか?」

「『どう』って言われても...俺、イザークじゃないし」

「マブダチでしょ?」

「そういうは、恋人だろう?」

呆れた表情を浮かべてディアッカが言う。

その言葉にグッと詰まったはまた溜息を吐いた。

そうなのだ。そのはずなのだ。

自分とイザークは所謂恋人同士でラブラブのように見えるらしい。

別にそれに異を唱えるつもりはない。少なくとも、自分はイザークが好きだし。

恋人同士でなければ出来ないあんなことやそんなこともしている。

それでも、やっぱり気になるものだ。

何故、言葉だけがないのか...やはり、言葉というのはスタートの合図のような気がするのだ。

少なくとも、言葉がなかった自分たちは少し曖昧な気がして、とても不安だったりする。

「てかさ。それってそんなに大事なの?」

「バカじゃないの?アンタ、そんなことを言ってるから振られるんでしょ?必要不可欠。大事なもののベスト3に入るに決まってるでしょ?!」

悩みを聞いて欲しいといわれたので仕方なく、今日のデートをキャンセルしてまで付き合ったのに何この仕打ち...

ディアッカこそ溜息を吐きたくなるが、ここで溜息を吐いたら物凄い反感を買いそうなのでグッと我慢する。

「んじゃ、本人にそう言えば?が言うには、大事なものベスト3に入るんだろう?イザーク、それ知らないと思うぜ?」

そうだろうとも。知っていたら言うに決まっている。

...決まっているのかな?

本当に、そうなのかな?照れて口にしないだけと言うこともあるかもしれない。

けれども、いくら恋人同士だって相手は他人なんだからそれを一人であーだこーだと悩んでも仕方ないだろうに...

目の前でどんどん沈んでいくを眺めながらそんなことを考えていたディアッカはアイスコーヒーをズズッと飲み干した。

「んじゃ、俺は帰るわ」

「は?!」

「だーかーらー。そんな相談、俺にしても仕方ないってのは自分で気づいてるんだろう?だったら、方法はもうひとつしかないじゃないか。だから、俺はもう帰る。んじゃな?」

そう言ってディアッカはそのまま何事もなかったかのように席を立って出口に向かった。

は暫くディアッカの出て行ったドアを呆然と眺めていたが今ここに置いてけぼりになったことを思い出してぷうと膨れた。

「そんなの、言えたらとっくの昔に言ってるっての!」

そう言って、注文したまま手付かずのモンブランに手を伸ばした。


「いらっしゃいませー」と店員が元気よく声を掛けている。

ああ、そっか。出なきゃ。

自分が座り続けたら客の回転が悪くなる。

そう思って立ち上がると「ここに居たのか」と頭から声が振ってきた。

見上げると先ほどまで話題に上っていた、寧ろ話題の中心となっていたイザークだ。

「は?」

「出るのか?ああ、でも少し待ってくれないか。少し喉が渇いているんだ」

そう言ってイザークは先ほどまでディアッカが座っていたの向かいの席に座らず、の隣に腰掛けた。

あれ?

注文をとりにきた店員も「あれ?」と言った表情を浮かべている。

「ダージリンのホット」と一言でイザークは注文を済ませる。

しかし、何でまたイザークはここにいるのだろう。

「ディアッカから連絡があった。が話したいことあるから行ってやれって。何でアイツ経由なのか気になるところだったがな」

ちょっと、イラッとしたのはナイショだ。もちろん、イラッとした相手はディアッカである。

「で?話って何だ?」

イザークが促し、は俯いた。

今しかないのは分かる。分かるが、は心の準備に後10日くらい費やすつもりだった。

だって、拒否されたら立ち直るのに随分と時間が掛かりそうだし。

ちらりとイザークを見た。

イザークはを見たまま不思議そうな表情を浮かべている。

「お待たせしました」と店員がダージリンティを持ってきた。

これで途中邪魔が入る要素がない...はず。

イザークはカップに紅茶を注ぎながらもやっぱりの言葉を待っている。

『たぶん、中々切り出さないと思うから根気よく待ってやれよ』とディアッカに言われているので根気よく待つことにしている。

何だろう。

...別れ話?いやいや、ないよな。うん、ない。...ない..んだよな?

段々不安になってきた。

だから、この沈黙から早く脱したい。



少し苛立って促す。

その言葉には肩を竦めた。

怒っている。何でだろう...ディアッカ?ディアッカが前もって何か言ったのか?いやいや、そこまで話がこじれるようなことをするようなやつじゃない。

そう、一応彼と自分の間には温かい『友情』なんてものがある..はず。

あ、振られん坊って言ったのがまずかったか?仕返しか!?心の狭いやつめ!!

。オレは話があるらしいと聞いたんだが?」

やっぱり苛立った声でイザークが促す。

は益々小さくなった。

あ、怖がらせたか...

イザークは思わず自分の態度に舌打ちをしたがは自分に対する舌打ちだと思って泣きそうになった。

だが、それでもやっぱり。ダメ元で。最後の...

ありったけの勇気を振り絞っては口にした。

「イザーク、好き」

カチャンとイザークにしては珍しいくらい音を立ててカップをソーサーの上に置いた。

?」

俯いたままのの表情が見えない。覗き込んでも難しい。

少し強引だが、イザークはのあごをクイと持ち上げた。

目にいっぱいの涙を溜めたが不安げに自分を見上げる。

一体どうしたんだ?!

自分は何か悪いことを、大切な恋人を泣かせるようなことをしたのだろうか...

いやいや、待て。落ち着け、オレ!

イザークは自分の気持ちを落ち着けるために息を深く吐く。深呼吸だ。

しかし、それはにとっては溜息に思えた。

の涙が零れた。

「な?!??!!」

「嫌いなら嫌いでいいから。そう言って」

「はあ?!待て、。今何と言った?オレが、を嫌い??んなワケあるか」

ボタボタと涙を零しながらはじっとイザークを見つめた。

「だって...いっつも何も言ってくれないもん。『好き』って言葉は大事なもののベスト3に入るんだよ?」

何基準のベスト3だろう...

イザークはそう思ったが、しかし、それはにとって少なくとも大切な言葉で今それが求められているのは分かった。

、オレも好きだ。悪かった、言葉にしなくて。ただ、言葉にしたら何だか全然足りない気がして...」

「足りない?」

は首を傾げる。

「そう。足りないんだ。そんな一言でオレのへの想いが片付けられるのなんて御免だって思っていたんだ。けど、それが逆にいけなかったんだな。すまない、

そう言ってイザークはの頬を親指で拭った。

「愛している、

囁くようにそう言ったイザークの声はどこまでも誠実で、不安を解消するには充分すぎるものだった。









桜風
10.4.1