薔薇






何をどう間違ったのか。

ある日、私の家に黒服の男の人が物々しい感じでやってきた。

我が家はそんな黒服の人たちと縁があるようなそんな高貴な血筋でもなければ、重々しい家系でもない。

唯の一般庶民。

正にこの言葉が我が、家を指すのにぴったりな言葉だ。


けど、その黒服の人がこう言った。

「私は、ジュール家の遣いの者です。この度、嬢に婚約の申し込みをして来るようにと命じられて参りました」

そう言って恭しく礼をする。

青天の霹靂、寝耳に水とは正にこの事で、我が家全員、つまり両親と私は揃って口をあんぐり開けたまま暫し声が出なかった。

目の前に出した紅茶を口に運んで取り敢えず落ち着ける。

「間違い、ということは...?」

と父が黒服の人に聞いた。

それが一番可能性として高い。

しかし、目の前のガタイのいい黒服の人は

「いいえ。嬢の遺伝子はジュール家のご子息のイザーク様と対になっているという結果が出ております」

そう冷静に告げた。


私たちコーディネーターは遺伝子操作をして生まれてくるため、出生率がどんどん低くなってきている。

だから、子供を作るのに対になっている遺伝子の方が都合が良く、それを元に婚約というのは日常茶飯事だ。

私の友達だってそういう理由で婚約してたりする。

けど、私の場合これって...

ジュール家といえば、マティウス市代表の評議員、エザリア・ジュール様の家のことだし、そのご子息ともなれば、私にとっては遥か雲の上の人物だ。

何度かお顔を拝見することは出来たけど、それはもう、美しいとかそんな私のボキャブラリーでは表現しきれないオーラ?そんなのが見えた。そう、オーラが見えたんだよ!?

「とにかく、一度お会いしたいという話です」

そう言って黒服の人は日時と場所を指定した。

「都合がつかない場合はご連絡ください」

そう言って家を出て行った。

私たちは黒服の人の車が見えなくなるまで頭を下げて見送った。


そして、指定された日。

我々家の面々は極度の緊張を抱えてその場所へと向かった。

そこへ着くと、エザリア様とそのご子息イザーク様が既にいらした。

「お待たせして申し訳ありません!」

そう言って頭を下げると

「構いませんわ。わたくしたちが突然お願いしたのですから」

と優雅な笑みを浮かべてエザリア様が座るように促してくださった。

ああ、なんだろう。もう帰ってもいいですか!?


何が何だかわからないまま食事をして、そして、いつの間にかイザークさんと2人になっていた。

「そんなに緊張しないでくれるか?」

突然声を掛けられた。

その声は困ったような感情を含んでおり、そして、凄く優しかった。

「は、はい!」

困ったように笑ったイザークさんはテーブルに両肘をついて、両手を組んでそこに顎を乗せる。

「悪かったな、突然こんなことになって」

「い、いいえ!」

「正直、迷惑をしているんじゃないか?」

「そ..!」

正直言葉に詰まる。

だって、迷惑とか思って無いけど、私と婚約するなんてイザークさんの方が迷惑なんじゃないのだろうか?

だって、こんな庶民の小娘と婚約って。

婚約って事は結婚を前提であって...

結婚って言ったら人生を左右する一大イベントで。

そのイベントの相手がこんな庶民の私で...

「別に、そんなこと少しも思って無いんだけどな。

そう言って苦笑いを浮かべる。

へ?何で私の思ってたこと分かったんですか、イザークさん!

「声に出ていた。面白いな、は」

そう言って少し声を出して笑う。

逆に私は叫んで逃げてしまいたい。恥ずかしいぞ、私!!

「まあ、婚約したからと言ってすぐに結婚という話にはならないだろう。ちょっと試しに俺の婚約者になってみる気はないか?」

そう言って笑うイザークさんがめちゃくちゃカッコ良かったから、思わず頷いてしまった。


それから、月に何回かイザークさんが家にやって来る。

あの、イザークさんが我が家にやって来るという事実がもうどうしようもなく私の中のパニックを招く。

「あのー...何でしたら私がイザークさんのお屋敷へ向かいますよ。こんな狭い家、窮屈じゃないですか?」

逆に私にはジュール家は大きすぎて落ち着かないけど。

「いや、の部屋は凄く落ち着くんだ。俺が来るのは迷惑か?」

返事の代わりに首を横に振った。

「それなら良かった」

そう言ってイザークさんは私に花束をくれる。

うちに来るときには必ず真っ赤な薔薇の花束を持ってきてくれる。

その薔薇の花束を持っているイザークさんがとてもステキで毎回私は見惚れてしまう。

イザークさんが持ってきてくれる花束はすぐに花瓶に挿して部屋に飾る。

「ところで、

何か改まって話があるのか。少しだけ声のトーンが違う気がした。

「はい」

「いい加減『さん』をつけるのはやめにしないか?もう婚約をして3ヶ月は経ってるんだぞ?」

そんなことを言う。

そう言われても...ってのが私の心境だ。

今でもイザークさんと同じ空間に居ると緊張してしまう。

もしかしたら、これは私の妄想なのではないかと思うくらい現実味を帯びない。

いつ婚約破棄だって話になるか分からない。

そうなったら、私は凄く、凄く悲しくてこの世の全てに絶望してしまうかもしれない。

いや、既にイザークさんは絶望真っ只中かも...

そんなことを考えているとイザークさんが深い溜息を吐く。

え、予感的中!?

「そんな訳ないだろう」

ん?私の思考と会話が成立しているような...?

「俺は絶望の真っ只中にいたらもがいてその絶望をどうにかしようとする。...幸せなら、それに身を任せる。が、愛しい婚約者さまが不安に思っているなら仕方ない」

今『愛しい』とかいいましたか!?居るんですか、愛しい人が!!

ああ!ごめんなさい!!私全然気付きませんでした。婚約、破棄ですよね...

またしても深い溜息が聞こえて

「だから、何でそんなことを考えるんだ?...婚約というものが不安なら、結婚しよう」

さらりと凄いことを言われたような...

もう既に思考回路がショートしてしまい、言葉を口にすることは出来ない。

イザークさんはさっき花瓶に挿したばかりの薔薇を1本抜き取って茎を折り、私の髪にそれを挿した。

「ああ、やはりの漆黒の髪には深紅の薔薇が似合うな」

そう言って微笑み、私の側で膝をつく。

「私と結婚してくださいますか?薔薇の君」

と言って左手を取って薬指に口付けを落とす。

それは、物語の中の王子様のように、優雅で美しく時間が止まっているのかと錯覚を覚えるくらいだった。

ぱたぱたと何かが落ちた。

顔を上げたイザークさんは、一瞬凄く驚いた顔をしたけど、立ち上がって私を抱き締める。

私の目の前のイザークさんの胸の鼓動が早いことに気付いた私は、どうしようもなく安心した。

これは、彼の狂酔でもイタズラでもない、本気だということがわかったから。


「私はイザークに永遠の愛を誓います」

イザークの体から顔を上げた私の口から思わずでた言葉はそれで、イザークは一瞬目を丸くしたけど、すぐに

「此処で誓うのか」

と笑いながらそう言った。

早まったと思ったけど、

「俺も、に永遠の愛を誓うよ」

そう言って微笑んだ。

この世のものとは思えない王子の笑みを直視した私は真っ赤になって俯いた。










桜風
07.5.1
07.6.1(再掲)



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