零れた本音






イザークがザフトのアカデミーに入ったと聞いたとき、はこれまでにない衝撃を受けた。

戦争は、遠い世界の話で、自分には関係のないものだと思っていた。

戦争で亡くなった人たちに家族がいて、残された人たちの悲しみは自分の想像を遥かに超えるものだと思ってはいた。

それでも、自分がいつかその立場になるとは思っていなかった。

そんな他人事が自分の身近なことになってしまうかもしれない。

凄く怖くて、だから、自分の素直でない性格のお陰でずっと言えずに居た本音がうっかり零れた。


将来設計の話をしていた。

結婚して、子供が出来て...

コーディネーターだから自分の子供を産める可能性が低いかもしれないが、夢を見るくらいしたって良いではないか。

「夫は絶対に子煩悩よ。娘が出来たら『嫁には絶対にやらん』みたいな感じで。わたしが隣でそれを聞いてて呆れながら笑っているの。『何言ってるの、イザーク』って」

つい零してしまった本音に、驚いたは慌てて自分の口を塞ぐ。

そして、後悔した。

(しまった...!)

ここまでしてしまえば冗談にしづらい。

零した本音はなかったことにしようと思えば出来た。

そっとイザークを見上げると彼は驚いた表情のまま固まっている。

(今なら間に合うか...)

探るようにイザークを観察して口を開くと同時に

「もう遅いからな」

とイザークが言葉を紡ぐ。

ついさっきまでは驚いた表情で固まっていたくせに、今は余裕の笑みを湛えている。

(それはそれで腹立つなぁ...)

そんなことを思ったが、心の中で毒づいても自分が劣勢であることに変わりはない。

思案しているところに「」と名を呼ばれて「なに?」と返そうとして、それを止められた。

イザークの唇によって。

暫く重ねた唇が離れ、その頃にはも酸素不足で足元が覚束ない。

そんなを軽々と支えたイザークは不敵に笑っている。

「後悔するなよ」

ぞくりとする。

イザークの発した言葉にもそうだが、何よりその表情にの心臓は大きく鼓動を打つ。

これまでずっと一緒にいた。

ずっと一緒にいたはずなのだ。

それなのに...

(何、これ...)

ドキドキと強く打つ自分の心臓に手を当てては困惑した。

ずっと一緒にいたいと思い、それを零してしまった。間違いなくそれはの本音で、心からの願いだった。

しかし、何だか自分の思ったような展開ではない。

いや、そもそも本音を零してしまったところから自分の思っていた展開にはなっていないのだが...

不意に膝の裏に腕を差し込まれてひょいと持ち上げられた。

「イザーク?!」

「なんだ?」

ジタバタと暴れてもびくともしない。

「何で落とさないの?!」

「落として欲しいのか?変わった趣味だな...」

そういいながらもイザークはスタスタと歩く。

「どこに行くの?」

「とりあえず、車に乗せようかと思っている」

「物みたいに言わないで」

「とりあえず、車にご案内しようかと思っている」

の要望を受け入れてイザークが言い直した。

「その後は?」

「せっかちだな」

にやりとイザークが笑う。

「せっかちって何よ!」

はまたジタバタと暴れる。

「ひとまずは、の家に行く」

「ウチに来て何をするの」

「そりゃ、挨拶だろう」

ここで言う『挨拶』は「こんにちは、天気が良いですね」ではなさそうだ。

「やっとが素直になったんだ。この好機を逃す手はないだろう?」

「ちょ、『やっと』?!」

「何だ、気付いていないのか?は意外と素直なんだぞ、口以外は」

(...つまり?)

少し考えては青くなる。

うっかり零してしまったと思った本音は、疾うの昔に見破られていたようだ。

「何で黙ってたのよ!」

「それはそれで微笑ましかったからな。可愛かったぞ」

そんな会話をしている間に車の前までやってきた。

イザークがそっと降ろしてくれる。

「さあ、参りましょう。我が愛しの嬢」

そう言ってドアを開けた。

(うっかり本音を零してしまったのはわたしの責任...)

自分にそう言い聞かせ、精一杯の余裕の笑みを浮かべては「ええ」と頷いた。

その反応を見てイザークは噴出し、が盛大に拗ねたのは言うまでもないが、周囲から見れば間違いなく微笑ましい痴話喧嘩であることは間違いない。









桜風
12.5.3


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