| 玄関を開けて「ただいま」と声を掛ける。 「お帰り。洗い物はまとめてランドリーに入れてよ」 あまりにも普通の、学校に通っていたときと変らない母の言葉に苦笑が漏れる。 こう見えて、結構色々と危険な目にあって危うくうっかり自分の母親の再婚相手の名前すら知らないまま死ぬところだったのに... そう思って、ふと思い出す。 いや、いつもと違う。 母が家に居る。 父と別れてから、家を守るため、支えるために母は仕事に没頭した。 親に構ってほしい年頃を通過した後だったので、特にそれについて不満はなかった。 少し不便だなぁ、くらいなら思ったが、拗ねて親の気を引くことはなかった。自分が思っている以上に彼女は大変だっただろうし。 だから、今こうして母が家に居ることが即ち、自分の帰宅を喜んでくれる証拠で、それに思い至ると何だか落ち着かない。 自室に戻って、眠ろうかと思ったがそれが何となく勿体無く感じてリビングに向かった。 昔住んでた家とは全く違う、2人ぐらいにちょうど良い小ぢんまりとした家。 でも、こっちの方が心地よいと思っている。 「何か頂戴。おなかすいたよ」 「言うと思った」と笑っている母が今コーヒーを淹れてくれていることに気がつき、テーブルにつく。 「仕事は?」 「...今日は、おやすみ」 少し決まりの悪そうに彼女は言った。 「ねえ、約束。覚えてる?」 「話があるって言ってたこと?もちろん」 「そっちじゃない。というか、それを忘れてたらオレは母さんの記憶力というか、気持ちを疑うよ」 苦笑してラスティが言う。 「じゃあ、番付?」 何だ、覚えているんじゃん。 ...ん? 「頑張ったわよー。睡眠時間を削って削って...あとでちゃんと発表しますよ?」 本当に番付ちゃったんだ... おかしくなって笑うラスティに、母も笑う。 ああ、平和だなぁ... コーヒーのお供にはいつも面倒くさがって作ってくれないパンケーキがついてきた。幼いときのおやつは大抵これだった。 「いただきます」と言うと「夕飯食べられるくらいの余裕は残しておいて」と笑いながら母も目の前に座った。 もぐもぐと食べながら、母の様子を伺う。 彼女もまた、自分の様子を伺っているようだ。 「なに?」と声をかけた。 「んー?まだ当分忙しいのかなーって」 母が応える。 ラスティは通達事項を頭に浮かべる。 「んー、1ヶ月くらいは。また明日から向こうの寮生活だし」 「あら、ホント?そういうことは早く連絡するものよ」 「息子が無事に帰ってくる。それ以外の連絡が要った?」 「ええ、要ったわよ」 母の応えにラスティは肩を竦め、「それは、失礼」といい、「ホントにね」と母は返した。 「...なんて名前?」 「。ユーヒ・さん」 珍しい名前だな、と思ったけど「そう」とだけ返した。 「ごめんね、ずるずると遅くなって」 「向こうも承知の上よ...たぶん」 『たぶん』って... 「オレ、反対はしないから、紹介抜きでいいよ」 「それは、わたしもさんもダメって思ってるから。ちゃんとは、もう会ったのよ」 ...誰だ、それ。 母に聞くと彼女は目を丸くした。 「あれ?言ってなかったっけ?」 「相手の名前を今日聞いたばかりなんだから、聞いてるはずないだろう?」 ラスティが言うと 「じゃあ、妹が出来ることだって言ってなくって当たり前じゃない」 としれっと返された。 『妹』ということは、年下か... 「可愛い?」 「あ、番付見る?」 そう言って立ち上がった母の背を見送りながらラスティは溜息をついた。 その番付のエントリーまでしてるのか... |
桜風
10.1.1