Blue bird 22





グラスを傾けて向かい合っているのはラスティとユーヒだった。

「女同士でお出かけしたいわ!」

高らかに宣言した妻に「どうぞ」とユーヒは笑顔で送り出した。

そして、それを知らずにやってきたラスティは「あれー?」と首を傾げたのだ。

出かけた、とメイドに聞いたが泊まりとは知らなかった。

まあ、男同士ガッツリ話をしたこともないし、とラスティはユーヒに誘われてワインを飲んでいる。


の母親の話。ご存知ですね?」

断定で言われて少し驚いたが、から聞いたのかなと思ってうなずいた。

「何処まで聞きましたか?」

「ヴァイオリニストで、ナチュラル。それくらいですね」

それ以上については、特に興味は持っていない。

持っていないというか、踏み込むタイミングとか勢いとかが計れないのだ。

ラスティのその気持ちを察したのかユーヒは苦笑した。

「話しましょうか?」

ラスティが気になっているのは見たら分かる。

に怒られないなら」

ラスティの言葉にユーヒは喉の奥で笑った。がプリプリ怒るのは唯一ラスティにだけなのだ。

「大丈夫でしょう。たぶん」

『たぶん』かぁ...

そう思ったが、正直間が持たないというのが一番の理由でラスティは頷いた。



の母親のはナチュラルで、ユーヒはコーディネーターだった。

両親は特に他意はなく、ナチュラルもコーディネーターも同じように愛して同じように生活する。

きっと未来はそんなことになる。

そんな希望を持って子供たちをそれぞれナチュラルとコーディネーターにした。

しかし、祖父母がそれを赦さなかった。

はその祖父母たちが引き取り育てた。

祖父母たちはコーディネーターの存在に反対していた。造られた命のコーディネーターという存在は命への冒涜だというのだ。

両親は仕方なく、ユーヒだけを大切に育てた。しかし、家にの写真はあった。

自分が生まれるまでだから、写真の中の姉は幼いままで、自分はいつしか写真の彼女よりも年を重ねていた。


両親は、人が良いと言われる性格で慕う人も多かったが、騙す人も多かった。

何度か騙されている両親を見て自分は呆れていた反面、それでも人を信じられるあの心の強さが誇らしかった。

両親は、姉の演奏を1度だけ耳にして幸せそうに微笑んでいた。

たくさんの人を笑顔に出来る子に育ってくれた、と。

しかし、そのまもなく父は心労と過労で倒れあっけなく亡くなった。それに続くように母もすぐに亡くなった。

ただ、自分は生きるのに困らなかった。

両親が遺産を残してくれたのだ。

オーブに住んでいたから自分がコーディネーターであることに不便もなかった。

しかし、広い世界が見たいと思った。

まずは、宇宙と地球を繋ぐ場所。ヘリオポリスに移住した。

ヘリオポリスで事業を立ち上げ、必死に働いた。

そして、事業を拡大して月に移った。

その頃には姉もヴァイオリニストとして大成していた。

しかし、それから何年かして姉の名前を聞かなくなった。噂で、結婚したとかそういう話題が耳に入り、幸せな生活を送っているのだと思っていた。


姉と再会したのは月の都市、コペルニクスだった。

取引先との会談を済ませてホテルに帰る途中、突然自分の乗っている車の前に子供を抱えた女性が飛び出してきた。

やせ細り、一瞬誰だか分からなかった。

しかし、その目を見て息を飲んだ。



―――姉だった。

ユーヒは慌てて彼女を保護した。

彼女はしきりに謝った。迷惑をかけてすまない、と。

でも、ユーヒは嬉しかった。姉に会えた。ずっと住む世界、活躍の場が違ったから会えなかった。その機会がなかったのだ。

諦めていたのに、姉から会いに来てくれた。その原因が何であれ、ユーヒは歓迎した。

姉はプラントの病院に入院させた。

しかし、体はボロボロでもう助からないと医師に宣告された。

コーディネーターの技術でも、もうムリだ、と。

自分の体のことだ、と姉は苦笑して頷いた。もう、分かっていたと。

だからユーヒに会いに来たのだ、と。

彼女が連れていた子供はというらしい。

父親のことを聞いてもは頑として口を割らなかった。

その父親に何か責任を求めることは絶対にしない、と言っても彼女は口を閉ざして開こうとしなかった。

ただ「をお願い」というばかりだ。

それはもう承知している。だから、彼女が父親のことを知りたいと思ったらどうするのだと説得したが、そのことについては話してもらえなかった。



「姉は、青い鳥を探していたと言っていた。青い鳥、知ってるかい?」

「幸せを呼ぶとか、その象徴だとか..ですよね?」

ラスティが答えるとユーヒは頷く。

「姉にとって、はまさに青い鳥..幸せの象徴だったんだね。だからかどうか知らないけど、いつも青い服を着せてたみたいでね。
姉が亡くなった後は、は塞ぎ込んでしまったんだ。まあ、その原因があの子の出生のことでね。家の者が噂をしていたのを聞いてしまったのが最初の原因。あの子は、私の子ではない、ってね」

噂というのは簡単に人を壊す。

「一時期口もきいてもらえなかったんだ。いつの間にか笑わなくなって。話をしてもどこか余所余所しくて...だから、ホントは君のお母さんとの結婚も諦めた方がいいのかな、と思ったんだよ。ま、ムリだったけど」

からからと笑って言う。

そういう話を子供にするなよ...

何だか居心地が悪いじゃないか。

「彼女がね、の心を少し開いてくれたんだ」

「おせっかいですからね」

ユーヒはラスティの言葉を肯定する代わりに笑う。でもそれは肯定したようなものだ。

「じゃあ、がブルーのドレスしか持っていないのって...」

「たぶん、クセと母親との思い出だろうね。青い鳥については、どうだろう。あの子は知っているのかな?」

そう言ってユーヒはグラスに口をつける。

しかし、ここまで深く教えてもらったということは..何をさせられるのかなぁ...

ラスティはそんなことを思いながらユーヒのグラスにワインを注ぐ。

「本当に、察しのいい子だね」

「処世術ってヤツです」

ラスティの言葉にユーヒは苦笑した。









桜風
10.8.1