| ディアッカが駆けていると空が重くなり、やがて雨が降ってくる。 「ええい、くそ!」 道理で人通りが少なくなったわけだ。 まあ、好都合といえば好都合だが。 ふと、倉庫の脇の細い通路に何か塊があるのを見つけた。 足を止めて覗き込む。 「!」 彼女は倒れていた。 駆け寄り抱き起こす。心臓が止まるかと思った。 「、!!」 返事がなく、彼女に触れている手から伝わる温度が高いことに焦りを覚える。 「何でだ!?」 はコーディネーターだ。病気なんて罹らない。罹ったとしても軽微なものだ。 しかし、これは重症だろう。 を抱えて通りに出る。 路上駐車してある車を見つけた。 「無用心だな」と呟き、その車を拝借する。鍵がついていたのだ。 そのまま迷わず病院を目指す。 このコロニーで一番大きな病院。そこなら知り合いのドクターが居る。 車を停めてを抱えて病院の中に入る。 ずぶ濡れの少年と抱えられている少女の姿に院内は少しざわめく。 「レオン。レオン・エルスマン。ドクターのエルスマン呼んで!」 ディアッカが叫んだ。 「此処に居る」 野次馬を掻き分けてディアッカの前に一人の男が立った。 「兄貴、こいつ。診て!頼む!!」 ディアッカの腕の中の少女は顔色を失っており、息も上がっている。 「着いて来い」 レオンはそう言って踵を返し、ディアッカはそれに続いた。 「精密検査が必要だろう。お前は廊下で待ってろ。終わったら呼ぶ」 レオンはそう言ってナースに指示を出し、ついでに、ディアッカに清潔なタオルと温かい飲み物を、と頼んでくれた。 一通りの検査結果が出て、それを目にしたレオンは眉間に皺を寄せて唸る。 ひとつ溜息を吐いて廊下に出た。 肩にタオルを掛けて俯いていたディアッカの頭をひとつ叩く。 「痛ぇ!」と抗議の声を上げる彼の手の中には一口も飲んでいない冷め切ったコーヒーがあった。 レオンが出た部屋からがストレッチャーに乗せられて移されていく。 ディアッカはそれに続こうと立ち上がったが、襟首を引っつかまれて「お前はこっちだ」とレオンが出てきた部屋に連れて行かれた。 「お前はいつから極度の猫舌になったんだ」 溜息交じりにレオンはそう言ってディアッカの手にあるカップを取り上げて中身を流しに捨てた。そして、コーヒーメーカーに入っている温かいコーヒーをそのカップに注いでディアッカに渡す。 「ありがとう」と言ってディアッカはそれを一口飲んだ。じん、と温かさが体に広がる。 「彼女の病名な」 突然レオンが話を切り出した。 「インフルエンザだ。たぶん、な」 レオンの言葉にディアッカは絶句した。 「あれって、なくなったんじゃ...」 「そういうことになってるな」 「じゃあ、何で...?」 分からない。からかっているでもなく、では何故そんな事を言い出すのか。 「インフルエンザがなぜなくなったか知っているか?」 ディアッカは首を傾げた。 「人類の免疫力が上がったから。インフルエンザウィルスを脅威と思わなくなるくらいな」 「じゃあ、何では...そうでなくともコーディネーターは病気にならないじゃん」 ディアッカの問いにレオンはすぐに応えず、コーヒーを一口飲む。 「彼女。・と言ったな。彼女は、自分がコーディネーターだと言ったのか?」 「ナチュラルじゃない、って」 ディアッカの言葉にレオンは頷く。 「彼女は嘘を言っていない。でも、コーディネーターでもない」 「はぁ!?何言ってんだよ。じゃあ、は何だって..まさか」 「彼女はおそらくハーフコーディネーターだ。ヘリオポリスに居たんだろう?オーブには少なくないぞ、そういうの。多くもないがな」 ディアッカは呆然とした。彼女は、コーディネーターではなかった。 「あまり、言いたくないんだが」と前置きをしてレオンが話を始める。 ハーフコーディネーターは売買されているという話を聞いたことがある。勿論、それは非合法だ。許されることではない。 しかし、このナチュラルかコーディネーターしかない世界で彼らは守ってくれる者がいないのだ。 彼らは、どちらでもない。だから同胞と思ってもらえないし、守るべき存在にはならないのだと。 そんな周囲の反応のお陰で自分がハーフだということをひた隠しにして生きている者も少なくないらしい。 そして、彼らはコーディネーターでも有り、ナチュラルだ。 両方の性質を半端ではあるが持っている。 だから、薬の研究の被研体に使われるのだ。それをしている比率はナチュラルも、コーディネーターも変わらないらしい。 「じゃあ、も...?」 「おそらくな。彼女の此処に傷があるのは知っているか?」 そう言ってレオンは首元をトントンと叩く。 ディアッカは頷いた。 「あの傷は、最近のものだ。少なくとも5年以内だな。彼女のご両親は?」 「10のときに死んだって。5年前」 「何故、傷が残っていると思う?彼女はヘリオポリス出身だろう?だったらコーディネーターのドクターだって居る。いや、ナチュラルでもアレくらいの傷なら消せる。何故消していない?...必要ないからだ。そんな彼女の体の心配をする者が居なかった。つまりは、そういうことだ。推測だがな。あと、アレは手術痕だ。調べてみたら、声帯を傷つけられている。声が出せないのはそのせいだろう」 ディアッカはギリ、と歯を噛み締める。守れらるべき存在の彼女は傷つけられたのだ。後見人は何をしていた。未成年に後見をつけないような国家ではないはずだ。必ず誰かが彼女を守らなくてはならなかったのだ。 「彼女は、薬を沢山投与されたんだろうな。免疫力と自然治癒力がナチュラル以下だ。今まで良く生きてこれたと思うよ。だから、傷つけられた声帯も回復しなかったんだろう。今も言ったように彼女は沢山得体の知れない薬を投与されていたから、今正規の薬を投与しても思わぬ副作用が出る可能性がある」 「じゃあ、どうやって治すんだ...?」 「ま、コーディネーターのお家芸。遺伝子治療をベースにして彼女の免疫力を回復し、自力で治してもらうのが一番安全だ。時間と、金がかかるがな」 「金は、オレが親父に頼んでみる。貸してくれって」 ディアッカの言葉にレオンは眉を上げる。 この従弟にここまでさせるあの少女の力は凄いな、と。 「貸してくれるか、叔父さん」 「土下座でも何でもして拝み倒すさ」 ディアッカはそう言って肩を竦めた。 「まあ、金の方はお前の熱意と叔父さんの財力に任せるが。まだ問題がある」 ディアッカは視線で話を促した。 「彼女、捕虜なんだろう?だったら、まずザフトの許可が要る。少なくとも、お前の上司の許可。そして、彼女は身元保証人が居ない。それも隊長に頼め。それが病院側が一番処理しやすい。それでなくとも、あの子はウチにとって厄介者なんだ」 そう言ってメールをプリントアウトした紙を渡してくる。 そこには、捕虜の脱走とそれを幇助して同じく脱走しているザフトのパイロットの情報が載っている。 「これ...!」 メールの受信の時間を見れば、どうやらディアッカがここに到着する前に届いていたようだ。 「私は医者だ。人の命を助けるのが仕事だ。それをしただけだ。だが、これ以上はザフトの命令に逆らうことは出来ない。ここも、ザフトの機関だ」 彼の言っていることは分かる。 ディアッカは頷いた。 「お前が戻ってくるまで彼女をどうにもさせるつもりはない。だから、まずお前は帰れ。あ、これはさっきお前に話した彼女の所見だ。ザフトの名医のお墨付きだ」 ニッと笑って差し出された封筒を受け取ってディアッカは深く頭を下げた。 |
桜風
09.1.1
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