休暇の始まり
休暇をゆっくり過ごすために足を延ばしたのは、富裕層の多くが所有している別荘地だった。
生活するには不便だが、日常から離れて心身を休めるにはこういう地が求められる。
例にもれず、ディアッカの実家もそこに別荘を有していた。
使ってもいいかと確認したところ、構わないと返事があり安心して向かったのだが……
「ディアッカ?」
別荘から少し離れた場所でディアッカはブレーキを踏む。
車はこのコロニーで借りたものだ。車がないと不便な場所なのだ。
眉間にしわを寄せているディアッカに、助手席に座っているは首を傾げた。
「道に迷った?」
どの建物も似たような感じで、慣れていなければどれが目的地かわからない。
「いや、大丈夫」
ため息を飲んで再びアクセルを踏んだ。
(なんでウチの車があるんだ?)
エルスマン家所有の別荘の駐車スペースに、見慣れた乗用車が停まっていたのだ。
取り敢えず、別のスペースに車を停めて、「ちょっと待ってて」とを車に残したままディアッカは別荘に足を向けた。
「なんでいるの」
「ウチの別荘だからいてもおかしくないでしょう」
母親が返す。
「普段だったらな。けど、オレが使うって話したら良いって言ったじゃないか」
「言ったけど、ちょっと事情が変わったのよ」
ディアッカはため息を吐いた。
どうしたものかと悩む。今更ホテルは空いていないだろう。シーズンではないが、それでも今回は暦の上で連休が重なっている。観光を産業としているこのコロニーは書き入れ時となるのだ。
「いいじゃない」
「いや、よくないし」
自分はいい。確かに、気にならない。いや、なるけど。
でも、はどうか。絶対に気にする。気を遣って、却って疲れてしまうだろう。
これでも、まだ数日前だったら予定を変更して友人たちに頼んで借りれたかもしれないが、当日の今日に借りるのは無理だ。
「ディアッカ?」
背後から声がして振り返るとが来ていた。
「ごめん、行き違いがあったみたいなんだ」
「あら、こんにちは」
声がした方を見ると、ディアッカの母親がいた。直接会ったことはないが、写真を見せてもらったことがある。
「こ、こんにちは」
声が裏返り、直立不動となったを見てディアッカはため息を吐いた。
「とりあえず、中に入って」
ディアッカの母親が促す。
「はい」と返事をして歩き出したは右足と右手を同時に出していた。
母親が淹れた紅茶を前に、ディアッカは隣に座るの表情を見た。
(これは、だめなやつだ……)
どんなに高くても頑張ってホテルを探そう。せっかくの休暇にこれは酷い。
「んで、事情が変わったって何?」
取り敢えず、この事態の確認をする。
「ニコル君がこの間ピアノの演奏をしたのを知ってる?」
「ああ、あの子のデビューコンサートの伴奏したって」
「『あの子』って知ってるの?」
「……まあ、色々と。詳しくは言わないけど」
性別を偽ってザフトのパイロットをしていた少女は、戦争終結後、再び少女としての道を選んだと聞いた。
偶然、数日間の付き合いではあったが、『あの子』と呼ぶくらいには親近感を持っている。
「それで、非公式でこの別荘で演奏会をするって話になったみたいなのよ。自分たちがお世話になった人を集めて、って。だからレオン君とかあんたの同期の子とかも来てるらしいのよね」
「オレ、聞いてないんだけど」
「私たちはロミナに招待されて、あんたにはウチから話すって言っておいたからね」
「聞いてないんだけど」
「どうせ今日、ここに来るのがわかってたんだから態々言わなくてもいいでしょう? 私たちは明日の朝帰るから、とりあえず、今晩は我慢してもらない?」
「いいかしら、」とに向かって確認する。
「勿論です」
「明日帰るんだな?」
「今言ったじゃない。なに? もっといてほしい?」
「もっとここに滞在するってのだったら、頑張ってホテルでも探そうと思ってるところ」
ため息交じりに言うディアッカに「滞在中、あんたたちの邪魔なんてしないわよ」と母親が言うが、今、まさに邪魔をされている状況なのだ。いるだけで、心身ともに休まらない。
「ね、ねえ……」
がディアッカの袖を引く。
「なに?」
「演奏会って、ドレスコードとかあるのかな?」
「あー、身内……知り合いだけを呼んでのはずだからそんな厳しくないと思うけど」
「わたしが持ってきてる服はドレスコードがあったらダメなやつばかりだと思う」
あまり詳しくないけど、少なくともハーフパンツにポロシャツなどはアウトだろう。
「あー、大丈夫。ワンピースあるから」
「……なんで?」
「や、の服って動きやすさ重視してるのばっかじゃん? 可愛いのも着てほしいから」
にこりと微笑むディアッカには真顔を向けて沈黙を落とした。
「あんた、本当にダッドそっくりよ」
代わりに母親が突っ込んだ。
夕方になり、招待された別荘に向かう。
ディアッカの見立てたワンピースはによく似合っていたが「足元がスース―する」と不評である。
「スカートだしなー」
父親は先に会場となっているアマルフィ家の別荘に赴いていた。チェスに誘われたのだそうだ。
ニコル達がお世話になっている人たちを集めた非公式の演奏会とあって、人の数は多くない。
「ちゃん」
振り返るとレオンが立っていた。
「忙しいのによく来たな、兄貴」
ディアッカが声をかける。
「あの子も私の患者だったからね」
なるほど、と納得した。少し離れたところにバルドフェルドも居てちょっと姿勢を正す。
たしか、彼は退役したと聞いている。砂漠でコーヒー店を営んでいるとか。
時間になって演奏会が始まった。
はニコルのピアノの生演奏を聴くのは初めてだった。繊細な音色が優しい歌声を支える。
は彼らの演奏に夢中になった。隣に立つディアッカは面白くないが、彼女が楽しんでいるので我慢する。
演奏会はそう長くなく、終われば立食パーティーだ。
久々の顔ぶれと話をしていると「さん」と声を掛けられた。
「ニコル! 演奏すごくよかった。ピアノの生演奏を聴いたのが生まれて初めて」
「そうだったんですか。光栄です。それで、お加減はどうですか」
「ザフトの名医に診てもらってるから」
「そうですか」
不意に子供の泣き声が聞こえてきた。
視線を向けると、おもちゃが壊れたとかで親に訴えているようだ。
「ニコル、ドライバーとニッパーある?」
「あると思いますが、一般家庭用のですよ?」
「一般家庭用のでもあれば充分。貸してくれる?」
「少し待っていてください。用意させます」
ニコルに礼を言って子供の元に向かう。
「大丈夫かな?」とラスティが声を漏らすが、「Xシリーズの製造からかかわってたメカニックが直せないものあるかな?」とディアッカが返す。
「今でも技術者をやっているんだろう?」
「そ。オレに金を返すって」
「返してもらってんの?」
「全部貯金してるけどね。そういや、イザーク。地球はどう? 大学楽しい?」
「楽しいぞ。今度夏の長期休暇は地球を旅しようと話してる。まあ、だから今日、日程が厳しくても戻ってきたんだがな」
「話してる? 誰と?」
「知り合いだ」
イザークの返答に何やらピンときたラスティとディアッカはさらに掘り下げて話を聴こうと思ったが、イザークがエザリアに呼ばれたため断念した。
「夏は無理だから、冬だね」
「招集掛けような」
二人は約束を交わした。
「ねえ、それちょっと見せて」
泣いている子供に声をかけると不審そうに顔を上げてくる。親も同じく警戒している様子だ。
「さん、これで大丈夫ですか? 本当に一般家庭用ですよ」
ニコルが声をかけてきた。この少女はニコルと懇意にしている者らしい。ならばきっと安心だと警戒が緩和される。
「ありがとう。お姉ちゃんね、機械のお医者さんなんだ。見せてくれる?」
そういって差し出したの手に子供はおもちゃを渡した。
「どうです?」
「ちょっと待って」
外見を確認して内部構造にあたりを付ける。
その後、鮮やかな手つきでドライバーとニッパーを使って応急処置をした。
「接続が甘くなっていますね。一度メーカー修理に出したほうがいいですよ。近々また動かなくなる可能性があります」
子供におもちゃを返しながらは親に声をかけた。
「おねえちゃん、ありがとう」と満面の笑みの少年に「大切にしてあげてね」とは笑みを返す。
手を振って子供と別れた後、再びディアッカの元に戻った。
「直った?」
「応急処置。すぐに動かなくなると思う」
「ねー、。そのワンピースってディアッカの趣味?」
不意にラスティが聞いてきた。
「え? どうしてわかったの?」
「ディアッカ、趣味変わんないね」
「待って。それ以上はストップ」
慌ててディアッカが止める。
「、あまりディアッカの前でその服着ない方がいいよ」
「そんな下心ないから」
「まったく? それは凄い」
「……全くないわけではない」
「え、どういうこと?」
慌てるに「ラスティ、それくらいにしてはどうですか」とニコルが窘める。
ふと振り返ると彼女がレオンたちとの話を終えて所在なさそうにしていた。
「ごめんなさい、僕もう行きますね。ゆっくりしてください」
そういって駆けていくニコルに「いいなー」とラスティが零す。
「なにが?」
「俺だけひとりじゃん」
「え、イザーク彼女いるの?」
「なーんか、そういう匂いがした」
「匂うの?」
「匂う」
深く頷くラスティにそういうものかなとはそれ以上深く追求しなかった。
パーティーも終わり、ニコルに挨拶をして別荘に戻る。両親は置いてきた。
「明日は何をしたい?」
「えー、決めてない。ゆっくりすることが最大の目標」
目を輝かせていうは、きっと休暇中も色々なものに興味を覚えるのだろうとディアッカは予測する。
「ディアッカは?」
「ん?」
「ディアッカの目標は?」
「とイチャイチャして過ごすこと」
「ウチにいるのと変わらないじゃない」
肩を竦めたに「じゃあ、もっとイチャイチャして過ごす」と宣言する。
「できるといいね」
「するんだよ」
ディアッカは自信満々に高らかに宣言した。
桜風
19.04.30