| 部屋に戻ってみるとが居た。 「食堂、だいぶ空いてきましたよ」 「ああ、そうか。じゃあ、行ってくる」 そう言ってはドアに向かった。 「あの。戻ってきたら少し話に付き合ってもらえませんか?」 ニコルの言葉に首を傾げながらも「分かった」と返しては部屋を出て行った。 廊下を食堂に向かって歩いていると角で「」と声を掛けられて思わず床を蹴り、距離を取る。 「あ、いや。そんな嫌わなくても...」 と少し情けない表情を浮かべたラスティが居た。 「ああ、いや。ゴメン。驚いただけだから...それで、オレに何か?」 「ゴメン!」 勢いよく頭を下げられては困った。 「何に対して?」 「さっき、“・”の名前を出したことに対して」 その名前を聞いてまた警戒する。 「親戚か何かなんだろう?ニコルから、彼女の家族の話を聞いたんだ」 ラスティの言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。 「ニコル..から?」 「うん。ニコルの親父さんと先生の旦那さんが仲良しだったんだって。それで、両親の遺体は確認したけど、娘のちゃんの遺体の確認は出来なかったから探したみたいなんだけど。結局見つからなかったって。だから、もう亡くなったんじゃないかって話を聞いたらしいんだ」 父とニコルの父親が仲が良かったなんて知らなかった。知り合い程度にはなっていたみたいだけど... 「それで、何でオレに謝るんだ?」 「親戚かなんかだったんじゃないのか?凄くそっくりだし...」 髪を切っただけでは納得してもらえないのか?あー、あの人が勧めたとおりにコンタクトにしたら良かったな... そんな事を思いながら 「いや、別に親戚とかでもないよ。どっちかといえば女の子に間違われた方が嫌だっただけだから。オレこそ、大人気なくてゴメンな?」 と謝り返した。 これならもうと思われることはないようだ。距離を取る必要性はない。 「あー、そっか。やっぱ女の子に間違われるのってイヤだったよな。ホント、ゴメン」 改めてラスティが謝り、そして去っていった。 そういえば、ニコルが話があるって言っていた。 じゃあ、もしかしてこの事かもしれない。 ニコルは自分がだなんて思っていないはずだ。 言葉を交わしたことがあるから余計に気づかないと思う。これだけ乱暴な口調にしているんだから。うん、大丈夫。 あとは、このまま気をつけていれば大丈夫だろう。 少しだけ気が軽くなりながら食堂へ向かった。 食事を済ませて部屋に戻るとニコルが窓の外をぼうっと眺めていた。 「ただいま」と声を掛けると「おかえりなさい」と返された。 「それで。さっき何か言ってたよな?」 ベッドに腰掛けながら聞くと、ニコルは真剣な眼差しを向けてきた。 その瞬間、まずいと思った。逃げ道を見つけておかなくては、と。 「は、・ですよね?」 は言葉を失った。 漸く口から漏れた言葉が「は?」という短いものだった。 窓際に居たニコルは椅子を持っての目の前にそれを置き、腰掛ける。 「ま..何言ってんだよ。さっき、ラスティから聞いたけど、その・って亡くなったんだろう?交通事故で。何台も巻き込んだ玉突き事故になったって。死体も酷い火災で見つからなかったって。警察の捜索はそれで諦めたって。DNA鑑定しようにも沢山の死体が混ざって鑑定のしようがなかったんだろう?でも、そんな火災の中で生きているはずがないって」 当時教えてもらった警察当局が正式発表した見解を必死に思い出しながらは言葉を重ねた。 「ああ、やっぱりだ」 そのニコルの表情で自分はとんでもないミスを犯したことに気づいた。 「食事中ってのもありましたから、そんな詳しく話しませんでした。それに、僕もそこまで詳しく父さんから話を聞いたわけでもありませんけどね」 なんとか言い繕うとして、余計なことを口にしすぎたらしい。 「あ、いや。ほら。プラントの技術で生死が確認できなかったって言うんだったらそれくらい悲惨な状況だったんじゃないかって。想像だよ。でも、本当に...」 何とか誤魔化さないと、と必死に頭を回転させるが既に動揺しきっているその頭が回るはずがない。 ニコルは椅子から立ち上がった。 どうする。どうやって逃げる... 動揺しながらニコルとの距離を取ろうと体勢を変えようとしたが、その腕を掴まれて引き寄せられる。 「よかった...」 その声を耳の傍で聞いたとき、自分の姿勢を理解した。 自分を抱きしめるニコルの腕の力が一層強くなる。 「ニ..コル」 苦しいのと痛いので名前を呼ぶ。 「あ、ごめんなさい」 そう言いながらニコルは腕を緩めてから離れた。 「良かった」と言って微笑むニコルの瞳からは涙がこぼれている。 「え、何で泣くのよ。あ、じゃなくて..泣くんだよ」 「嬉しいからです。が生きていて。父さんから話を聞いたときには信じられなかったし、信じたくなくて当時のニュースとか新聞とか調べて。父さんのネットワークであの結論だから諦めてもいたんです。でも、諦められなかった」 「...あのさ、盛り上がっているところに悪いんだけど。オレ、男なんだけど」 ニコルのこの様子を目にして何となく落ち着いたが状況を変えるべくそう言った。 「じゃあ、脱いでみてください」 あっさりそう言われて言葉を失う。 「や、ヤローの裸見て楽しいのかよ」 「性別の確認です」 ニコリと微笑んでそう言ったニコルに対して、も引くに引けないとも思ったが、どの道これは負け試合だった。 脱いでも脱がなくても自分が性別を偽っていることを認めなくてはならない。 「...くそ。確かにオレは女だよ。けど、ってのじゃない」 ニコルは微笑む。 「僕、もの凄く耳が良いんですよ。絶対音感もあるし。低く声を作ってますけど、それはの声です」 完敗だ、と思った。 は両手を上げて降参ポーズをとり、ゆるゆると首を振った。 その姿を見てニコルは満足そうに微笑んだ。 |
桜風
09.6.1