| 作戦終了の時刻が近づき、たちも戻ることになった。 あのクルーゼを目撃した後も情報を収集するために市場へと向かった。 「あまりこれと言って有力な情報はなかったな」 がそう言った。 「もうちょっとで居てもらえませんか?」 「ダメだよ。そろそろ気持ちを切り替えないと、戻せなくなる」 「じゃあ、何か1曲歌ってください」 突然のニコルの言葉に「は?」とは返す。 「僕、ずっと忘れられなかったんですよ。ほら、別荘地でのパーティでが歌を歌ってくれたでしょう?」 「...覚えてたの?!」 は驚いて声を上げる。 「ええ。また聞きたいなって思っていたので。車が走っている間だったら大丈夫だと思うんです」 「じゃあ、今度はいつかニコルがピアノを弾いてよ?」 「戦争が終わったら、必ず。だから、今はの歌を聞かせてください」 は肩を竦めて歌を歌い始める。 ああ、少し声が変わってしまったな... いつも低めの声を出していたから喉がうまく開かない。 それでもは歌った。 ニコルの演奏にあわせて歌ったあの曲を。 歌い終わると丁度艦の姿が目に入った。 「ありがとうございます」 ニコルがお礼をいい、「約束、忘れんなよ」とが言った。 自室に戻り服を着替える。 ニコルも一緒に部屋に入ったが、背を向けている。が手に入れたディスクの内容を確認しているのだ。 「」とニコルが呼ぶ。 「だ!」と訂正するが、彼はそのまま話を続けた。 「僕、の歌声好きですよ」 「ラクス・クラインの方が上手いだろう?」 そう言いながらアンダーシャツに首を通す。 「上手い..ですか。まあ、確かに。でも、僕はの歌の方が好きだな」 ワンピースを脱いで軍服を着る。 「まあ、それはとやらが聞いたら『ありがとう』くらい言うだろうけど。何だよ、突然」 ウィッグを外しながらが聞いた。 「今日久しぶりに聞いてやっぱり好きだなーって思って。僕、が好きですよ」 「『の歌が』が抜けてるぞ」 苦笑しながらが声を掛ける。 ああ、頭が蒸れた。シャワー浴びようか、どうしようか... 「抜けてないですよ。僕が言いたかったのはそれですから」 シャワーとか何とか考えていた思考が完全に停止した。 「ニコルは..冗談が...下手だ」 何とか言葉を口にしたが 「そうですか?まあ、今のは本心ですから」 とさらりと返された。 「何で!?」 「2年前の一目惚れです」 は完全に機能停止した。 「僕、の歌声って朝露の散らばっている花畑って感じがするんですよね。何て言ったら良いんだろう...ラクスさんのは水のような透明な優しさって感じですけど、のはひとつひとつ小さな輝きがあって。しかも、これから花が咲くっていう希望のような喜びのような..高揚感って言うんですかね。そんな感じなんですよね」 機能停止したにお構いなくニコルが続けた。 「だ、だって3、4回しか会ってないだろう?」 「回数は関係ないですよ。言ったでしょう?“一目惚れ”って。一目惚れっていうのは1回会えばそれで成立するんですよ?」 いや、まあ。そうだが... 「ああ、意識しないでくださいね。僕、嬉しくて何するか分かりませんよ」 さらりと怖い事を言ったニコルが振り返る。 ビクリとは肩を竦ませた。 「このディスクに入っていたのってそれなりに使えるかもしれませんよ」 そう言ったニコルは画面が見えるように椅子をずらした。 は深呼吸を1回した。 ゆっくりとモニタに向かう。 「ああ、本当だな。やっぱり地球軍と多少なりとも接点を持っていたんだな」 「じゃないと気づかなかったことですね」 「じゃあ、報告書にこれもつけて提出しよう」 そう言ってニコルに席を譲ってもらって報告書の作成に掛かる。 本当はうるさいくらいに心臓が打っているのだが、そんな事をニコルに悟られまいといつもどおりの・を演じる。 「じゃあ、僕はこっちを返しに行きますね」 そう言いながら先ほどまでが着ていたワンピースとウィッグを手にして出て行った。 部屋のドアが閉まったところでは深く息を吐く。 「ニコルって、怖いなぁ...」 突然の爆弾発言を投下されて動揺し捲くった先ほどの状況を思い出しては呟いた。 「あー、早まったよなー...」 部屋を出てニコルは呟く。 別に、というかに告白するつもりはなかった。 でも、久しぶりに彼女の歌声を聞いて押さえきれずに思わず口にしてしまった。 初めてに会ったとき、思わず見惚れて呼吸を忘れた。 社交性はあってもディアッカみたいにナンパ慣れしている自分ではないので、そういう風に話を持っていけないことがもどかしかったがその日のうちに再会して、彼女の歌を聴いた。 さらに好きになった。 それから連絡を取ることはなかった。自分自身が彼女と。 でも、父が彼女の父親と仲良くしているのは知っていたのでいつか彼女の父親を介してでも連絡を取ろうと思っていた。 そんなことを思いながら生活をしている中で、自分はザフトに入ることを決めて、そして父から彼女の死を知らされた。 でも、信じられなかったから信じなかった。 実は何処かで生きているのではないかと思った。 彼女は、生きていた。 初めて見たとき、彼女だと分かったがそれでも違ったら辛いのでそれを確かめるのにちょっとだけ時間を置いた。 しかし、聴けば聴くほど彼の声は彼女の声だった。 誰かが生きていることがこれほどまでに嬉しいと思ったことはなかった。 |
桜風
09.10.1