| が家事をしてくれるようになるともの凄く助かることに気がついた。 結構細かいとか口煩いとか言われていたイザークだが、そんなに細かいわけではない。 実際、が家事をすると生活環境が良くなっている。 つまりは、そういうことだ。 パリッと糊の効いたシーツに体を沈めたときには本当に幸せだと思った。 シャツのアイロン掛けもしなくて済むし掃除や洗濯も同じくだ。 「今日の夕飯は何が良い?」 イザークに言われては一緒に食卓に着くことになった。 自分ひとりで食べていて、目の前に座った彼女が食事をとらないというのは何となく気になるものなのだ。 それを言うと「じゃあ、一緒に食べようか」と彼女は承諾した。 「“筑前煮”って食べたことがあるか?」 名前だけなら聞いたことがある。だが、口にしたことがない。イザークにとってはとても興味深い食べ物なのだ。 「ありゃ、それを言っちゃう?」 眉を顰めてが言う。 「あ、いや。食べたことがないものを作れとは言わん。聞かなかったことにしてくれ」 今のは試用期間だ。彼女はそう言っているし、一応自分もそのつもりだ。 だから、無茶を言って減点だなんてそんな卑怯なことはしない。 「逆よ」とは笑う。 イザークが首をかしげると 「得意中の得意。しかも、私の筑前煮を食べたらよそで食べられなくなるんだな、これが」 と自信満々に笑いながら返す。 「じゃあ、作れるのか?」 「言ったでしょ?得意だって」 グッと親指を立てては応えた。 「それは、楽しみだな」 心からの言葉をそっけなく口にしてイザークは学校へと向かった。 夕飯の時間、イザークは感心した。 は本人が自信満々に言ったことは本当に自信のあることで、しかもちゃんと結果を伴っている。 昼の食堂で、定食のおかずに筑前煮があった。 が自信満々に言っていたから比較対象がないと面白くない。 昼食、夕飯共に同じおかずになるが、それはそれで結構楽しめそうだ。 そう思って食べた。 昼に食べたものを忘れ去りたくなる。何だったんだ、あれは... 「もしかして、不合格?」 心配そうに声を掛けてくるに空になった器を向けた。 「まだあるか」と言うと嬉しそうに頷いてそれを受け取り、コンロに向かっていった。 「誰が言ったんだ?」 「何を?」 食事を終えてイザークが問う。 「それを食べたらよそで食べられなくなるって」 それ、と言いながらコンロに掛かっている鍋を指した。 「ああ。...家族」 少し寂しそうに彼女は目を伏せて応えた。 「そうか。なるほど、納得だな」 イザークの言葉には首をかしげる。食べたことがないのではないか? 「今日、昼もそれだったんだ」 「えー。連絡くれたら変えたのに」 が不満そうに言うが 「いや。比べてみないと面白くないと思ってな」 と苦笑しながらイザークが応える。 「...面白かった?」 「お陰様で。外食する時の選択肢がひとつ減った」 は満足そうに笑って「でしょ?」と返した。 実力のない者が、自分を大きく見せるために大きな口を叩くことは多々ある。昔そういう人物を沢山見たし、今のカレッジの教室の中にもそういうのはいる。 だが、自分の実力を弁えた上で大きな口を叩く者は結構好きだ。 そう、のようにちゃんと実力が伴っているとその言葉が逆に頼もしく思える。 口調は飽くまで軽いが実力が伴っている。 ...誰かに似ていると思った。 ふと浮かんだ人物に苦笑を漏らす。 だったら、意外と彼女との共同生活というものは可能かもしれない。 自分は共同生活には慣れているし、向こうの性格もあいつと似ているならそう癇に障ることにはならないだろう。 結構早くから決めていたが、それでも慎重に、とどこかで思っていた。 しかし、悪くない。 「ただいま」と言えば「おかえり」が返ってくる。 誰かと一緒に食事をする方がやはり楽しいものだ。 家事に割く時間が減るのも非常に助かる。 翌日、イザークは授業のない、いつもは図書館に行く時間を別の事に使った。 家に帰ると家の中は綺麗に片付いており、彼女はいつものように「おかえり」と言って笑顔を向ける。 ただひとつ、違うところと言えばこの数日で彼女の持ち物が増え、それが纏めてあることだ。 女性だから化粧品とかも必要なんだろう、とある程度買い揃えられるであろう金額を渡した。だから、そういった小物も今の彼女は持っている。 服も、ラフなものばかりだが一応何着かある。 それを視界の端に認めたがイザークは何も言わなかった。 食事を済ませては採決を待つ。 じっと息を殺してイザークを見ていた。 緊張した面持ちの彼女に思わず小さく苦笑を漏らす。 いつものあの気楽そうな表情はどこに隠している? そう思いながらも「」と名を呼んだ。 は驚いたように眉を上げる。 初めて、名前を呼ばれた...? 「え、あの。名前...」 「間違っているか?」 イザークの問いには首を横に振る。 「...これから共同生活を送る人間を名前で呼ばなくてどうする?」 イザークの言葉にはぽかんとして、そして「ホント?」とか細い声で問い返した。 「手を出せ」 イザークが言うとは右手を出した。 その掌の上にひんやりとした金属を置く。 「これ」 「家の鍵だ。持っていないと不便だろう?は外出をしても俺が帰るときまでに帰っておかないといけない。俺だって、言った時間より早く帰れない。正直不便だ」 「いいの?」 「そんなに気に入らないなら撤回するか?」 イザークの言葉には慌てて出したままの右手を引っ込めて鍵を抱え込む。 「明日は、休みなんだ。少し買い物に行こう」 が首をかしげる。 「少なくとも、お前の着替えくらいきちんと仕舞えるものが必要だろう?」 は部屋の隅にダンボールを置いてそれを箪笥代わりに使っていた。 ダイニングに用の棚なんてない。だから、買いに行く。 「あ、あの!」 が過ごしやすいようにダイニングの模様替え等も考えていたイザークに彼女が声を掛けてくる。 「何だ?」と返すと 「イザークが、私の仕事で不合格って思うものがあったら首切っちゃってね。お願い」 と言う。 面を食らったのはイザークだ。 だが、すぐに気を取り直して「最初からそのつもりだ」と返した。 何故かは安心したように微笑んだ。 |
桜風
09.1.23
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