Liar 20





1時間も歩けば人とぶつからないように歩くことは困難なくらい、ごった返していた。

人ごみに揉まれて流されそうになり、は咄嗟に手を伸ばしたが躊躇した末に引っ込めた。

つもりだったが、その掌には自分以外の別の体温を感じる。

「何やってるんだ」

呆れたようにいうイザークを見上げては思い出す。

ああ、そういえば意外と面倒見が良かったんだ...

そんなことを思いながら少し強く、でも乱暴ではない程度の力で引っ張られるその手に安心感を覚えた。


暫く歩くと丘がある。

階段の先に巨大なハウメアの像があるのだ。

「大丈夫か?」

「まあ、根性で...」

苦笑するを見て呆れながらも、が動けなくなったら自分が負ぶって上ればいいかと思ってそのまま足を進める。

「ここにしかないのか?」

考えてみれば、教会のような場所は見た記憶がない。

「そうね。普段は何となくでしか存在してないんじゃないのかな?」

敬虔な信者が居たとすれば、きっとここに毎日やってきて祈りでも捧げているのだろう。

は来たことあるのか?」

「まあ、過去に2度ほど。父が肩車をしてくれてたけど、流石に階段の途中でへばってたよ」

懐かしむようには話すが、彼女自身随分と息切れをしている。

まだ若いはずなのに...

イザークは少しだけ歩くペースを落とした。

明日もこの祭りのお陰で学校が休みだから多少帰るのが遅くなっても構わない。

だが、は歩く早さを変えずに足を進めている。

体力の関係から自然と遅くはなっているが、イザークの歩調が緩んだからと言って自分のを安心して緩めることはしない。

「大丈夫か?」

イザークが聞くと「時間が...」とが呟く。

イザークは自身の腕時計を確認する。

21時前。

「何時までにどこに行きたいんだ?」

「9時までに、この頂上」

まず、の今のペースだと間に合いそうにない。

仕方ない、とイザークは息をつく。

「ほら、」とかがんで背を向けた。

「は?!」

はイザークの言わんとしていることは分かったが、この年でそれはどうだろう?と思って動けない。

「脇に抱えられるのと、肩に担がれるのと、負われるの。どれかひとつ選べ」

「背中、失礼します」

脇に抱えられるって経験はないが、結構かっこ悪いだろうし、肩に担がれるのは荷物のようでちょっと嫌だ...

消去法でおんぶを選んだ。

を負ぶっているのにイザークの歩調は軽やかだ。

「凄いね」

「何がだ?」

いつもより近くで聞くの声に不覚にもドキリとした。

「だって、早いよ。学者のクセに」

「元軍人だ」

「どれくらい前まで?」

「オーブに降りてくるまでの職業がそれだったんだよ」

はイザークの言葉に「なるほど」と返して「こりゃ楽ちん」とか言いながらそのままイザークに体重を掛ける。

「重い」と呟くイザークに「気のせいよ」とが軽く返す。


イザークのお陰でその丘の頂上には9時前に着く事ができた。

しかし、思ったよりも人は少ない。

巨大な女神像を興味深げにイザークが見上げていたが、がイザークの袖を引っ張った。

「何だ?」

こっち、と言ってイザークに背を向ける。

「ハウメアの祭りは海辺で行われるの。小船を出してその船の上で鐘を鳴らす。海の神様だから、より近くで、いつもありがとうって伝えるのよ。灯篭も沢山出ているし、結構幻想的ね。私の記憶によると」

はそう言いながらハウメアの像の裏に向かっていく。

イザークはそのまま付いていった。

「そうそう。このお祭り、特に今の神事の間は例え恋人同士でもキスをしてはいけないの」

「何故?」

「今、このときは誰もがハウメアに祈りと感謝を捧げることになっているわ。例え恋人であってもそのハウメアに対する言葉を奪ってはいけないって言うことらしいの。意外とみんな守るみたい」

肩を竦めては笑う。

イザークは面白い風習だと思いながらも「どこまで行くんだ?」とに声を掛けた。

先ほどから暗い林の中を歩いている。

暫く歩くと開けた。

その先には漆黒の海が広がっており、その上には光が転々としている。先ほどが言っていた灯篭だろう。

しかし此処から見た風景は、さながら星空だ。

「実は、此処からの眺めも中々でして。近くで見たらあの光とか結構綺麗なんだけど、こういう楽しみ方もあるのよ。人ごみを避けたかったからこっちにしちゃったけど」

はそう言ってイザークを見上げた。

「俺も、好んで人ごみに突っ込んだりしないな」

その言葉に「それはよかった」とは笑って地面に座り込む。

イザークのその隣に腰を下ろした。

「あ、ね。ほら、イザーク」

が名を呼ぶ。

彼女を見ると目を瞑っていた。

「どうした?」

「鐘の音、聞こえない?」

に言われて耳を澄ませる。

「ああ。四方から、聞こえるな...別の海でもこれを?」

「ううん、島に囲まれているから反響して届いているの。此処はその音が集まるところなんだって」

だから、女神像が存在しているのだろう。

海に居るであろう女神。その信仰を形としたのがあの巨大な女神像。

なるほど、とイザークは納得した。

そして、に倣って目を瞑って暫く鐘の音を聞いていた。


不意に頬に何かが当たる感触がした。

何だろう、と思って目を開けてを見る。

彼女はすっくと立ち上がって伸びをした。

その慌てた様子で何となく察した。

ニッと笑ったイザークがじっとを見上げる。

「な、何ですか?!」

「別に。特にこれと言って何も。が何かを言うんじゃないかってな」

余裕綽々なイザークの言葉には一度言葉を失うが、

「じゃあ、帰ろう」

と笑顔で言った。

イザークは苦笑して立ち上がる。

「了解いたしました、レディ」

の右手を取り、その甲に口付ける。

「な!ば..ッ!ちょ...!!」

単語と言うには短すぎる、言いたいことは分かるが、意味を成していない音を発するとは対照的にイザークはゆったりと微笑んでいた。

「帰るぞ」と言っての手を引きながらそのまま来た道を戻る。


「ばーか、ばーか」と照れ隠しに呟くはイザークに言っていないことがあった。

ハウメアは海の女神で、今ではこの国の唯一神だ。

そして、唯一神と崇められる前には“恋人たちの神”とされていた時期があるという。

海は全ての始まりで、生物の誕生の場である。

生物の誕生に不可欠なのは“愛”だということが起源だろうなと父が言っていた。

愛が誕生し、育むのは恋人たちだ。

育んだ愛が実を結んだら今度は別の神が家庭の神として存在していたとか。

この祭りでハウメアに祈りを捧げることは、愛の実を結ぶことを願うことを意味する。

まあ、イザークとはそんな仲ではないが、それでも祈りは捧げた。

愛には色んな形があるんだ。

家族、兄弟、恋人。

どれも愛で、ちょっと違うけど決して別物ではない。

では、自分とイザークは?

一番近いのは“家族”なんだろうな...

斜め後ろから銀色に光ってなびく髪を眺めながらそんな事を思っていた。









桜風
09.5.1


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