| イザークの論文は先日までのレポートよりも楽だったような気がする。 レポートよりは期間が短いし、規定も厳しかったが、何よりが集めて纏めてくれたデータは全て自分がほしいと思ったそれだった。 しかも、それは自分の好みの纏め方で、文にするのにもすんなりと組み込めた。 尊敬するカイト・がそうしていたように、何度か自分の書いたレポートを提出前にに見てもらっていたから自分の書く文の傾向が分かったのかもしれない。 見てもらったときには結構鋭い指摘があって、それを修正して出したら結構いい評価がもらえた。 素直に凄いと思った。 試験や提出物を全て完了させてやっと一息つくことが出来た。 何より、もうプラントに上がる準備をしなくてはならない。 には自分の口からプラントに帰ると言った話をしたことは一度もなかったはずだ。 しかし、どうやって話を切り出そう。 そんなことを考えている間に時間は刻々と過ぎていく。 論文の結果が出たため、プラントに戻る手続きをした。もしかしたら、書き直しがあったりして帰る時期が少し遅くなるかもしれないと思っていたのだ。 プラントへの移住手続きの方は自分が議員をやっていたときに粗方聞いたことがあるし、それこそ、すぐに調べられることだ。 に今住民票はないだろうが、戸籍くらいは役場に行けば取れるはず。 イザークだって、に嫌われていないことくらい分かっている。 そうでなかったら、お互いこんな風に穏やかに生活できていないだろう。 だから、ほんのちょっとだけ自信はあった。 プラントに戻る数日前、イザークはいつもよりも早く目が覚めた。 いい加減に話をしなければと思い続けて早数日。 もう時間がない。 早く起きたのは話すのに丁度いい。 服を着替えて部屋を出た。 「あ...」という2つの声が重なる。 の表情が少し硬くなり、イザークはそれ以上に硬くなった。 はどこかに出かけるようだ。こんな朝早くから。 「...?」 その真意が分からない。 の手には、纏めた彼女の少ない持ち物が入っているであろう鞄がある。 「今日はいつもよりも早起きだね」 がニコリと微笑んだ。 「どこに、行くんだ?」 の言葉に応えず、イザークは問う。 「出て行くの」 笑顔のまま、は言った。 鈍器で殴られたような鈍い痛みが頭に響く。 今、は何と言った? “出ていく”...? 何だ、それは。 「出て、いく?」 問い返した。 彼女はやはり笑顔のまま頷く。 「どこに」 「此処よりも条件のいいところ」 さらりと言う彼女の言葉に泣きそうになる。 「どこに...」 細い指を唇に当てて「企業秘密」と微笑む。 動けないイザークの前を横切っては玄関に向かう。 慌ててイザークは手を伸ばしたが、その手は空を掴んだだけだった。 「まて」 緊張か、あるいは混乱のせいか。イザークは乾いた声で呟いた。 は玄関先でスリッパを揃えて靴を履く。 「待て!」 玄関のドアノブに手をかけたに今度ははっきりそう言った。 は振り返る。 「、俺と一緒にプラントに..」 「イザーク」 イザークの言葉に重ねてが名を呼ぶ。 ドアを開け、背を向けた。 「ばいばい」 呟くように言ったの言葉はイザークの耳に鮮明に届く。 は鍵をかけて、その鍵はドアポストに落とした。 鍵を持っているということはそこが居場所だという証拠で、その家が鍵を持つ者の帰る場所ということだ。 しかし、はもうこの家の鍵を持っていない。 彼女自身がそれを拒絶した。 が閉めたドアの音が耳について離れない。もの凄く重く聞こえた。 フラフラと足を動かしてテーブルに手をつく。 テーブルの上には今朝の朝食用のサラダにラップがかけてあり、その皿の傍にはメモが置いてある。 冷蔵庫の中に筑前煮を入れています。食べてください。 今日の朝食はサラダとスープ(コンロにかけてある鍋)、あとパンは自分で焼いて食べてください。 プラントに帰ったら仕事が大変だろうけど、ご飯はしっかり食べて体には気をつけてくださいね。 あと、違約金と言っては何ですがカイト・の書籍が数冊手に入ったのであげます。仕事の合間の気分転換にでも読んでください。 イザークと一緒に過ごせた時間は本当に幸せでした。 今までありがとう。ごめんなさい。さようなら。 ・ 彼女の手紙を読み終わってイザークはテーブルを叩く。 「くっそー!」 腹が立っているのか、悲しいのか、悔しいのか。あるいはそれが全て混在しているのか。 それは分からないが涙が溢れる。 「...」 名前を呟いてもう一度テーブルに拳を叩き付けた。 |
桜風
09.6.12
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