| 帰宅しながらイザークは今日の出来事を思い出していた。 偶々友人達と買い物に出ていた。 すると、小さな子供がヨチヨチと歩いている。 その少し先にはおそらく、その子の面倒を見ているはずの保育士が2人いた。 他の子供のことにかまけて、どうやらはぐれた子供のことに気がついていないらしい。 イザークはチッと舌打ちをした。 「ちょっと待っててくれ」 そう言ってイザークは友人から離れた。 このままではあの子は車道に飛び出しかねない。 子供は正直得意ではない。理屈が通じないから。大抵、泣かれるし。 しかし、だからと言って助けられる命を見捨てることは出来ない。それは人として許されることではないとイザークは思っている。 「待って!」 どうやら気が付いたらしく、保育士のひとりが車道に駆け出そうとした。 しかし、彼女が行くよりも自分が行く方が早いと思っていたイザークはそのまま彼女の肩をポンと叩いて制止し、車道に飛び出す目前の子供をひょいと抱えあげた。 抱え上げたはいいが、どう抱っこしていいのか分からず、慌てて彼女の元に戻る。 「ほら、ちゃんと見てろよ」 そう言って子供を彼女に返す。 彼女の顔は、血の気が引いており、蒼くなっていた。 子供を受け取った彼女は勢い良く頭を下げた。 「ありがとうございます!」 心からの、まっすぐ自分に向けられた言葉にイザークは少しだけ気恥ずかしくなった。 自分にとって、当たり前のことをしただけだ。だが、彼女はそれを必要以上に感謝している。 「ああ、じゃあな」 少し逃げるような心持でその場を離れようとしたが、出来なかった。 先ほど救った子供が自分のジャケットの袖を掴んでいたのだ。 心底困ったイザークだが、彼女が慌てて子供に手を離すよう促して彼はすんなり彼女の言うことを聞いた。 「すみません」と彼女が謝罪する。 「ああ、いや」 イザークはそう答えてその場を足早に去った。 子供に泣かれなかったのは、初めてではないだろうか。 あんなに小さな手をしているとは思わなかった。いや、子供の体の大きさを考えれば手が小さいのは当たり前だ。 (しかし、慣れない事をするもんじゃないな...) イザークはそっと溜息をつく。 「おーい、イザーク!」 先ほど立ち止まったところより少し離れた場所で友人が手を振る。 イザークはそれに応えるように軽く手を挙げた。 少し早足で友人の元へと向かう。 「すまん」 「いや。良く気付いたなー。イザークが気付かなかったら、大惨事だったぜ、きっと」 「...そうかもな」 彼女は気付いていた。もしかしたら間に合っていたかもしれない。 (まあ、気付く気付かないじゃなくて。そもそもそんな事態を作らないことがまず必要だろうけどな) イザークは心の中で彼女たちの不注意を責めた。そして、ふと気付く。名前を聞いていない。 しかし、二度と会うこともないだろうと思い、イザークは彼女の名を気にすることはなく、その後、目的の買い物を済ませて今に至る。 「ただ今戻りました」 イザークは、珍しく早い時間に帰宅している母親のエザリアに声を掛けた。 「おかえりなさい。イザーク、ディナーの後、少しいいかしら?」 そういわれて彼は頷く。 (...あまり面白くない話を聞かされそうだな) 心の中でそう呟いてイザークはひとまず自室に戻った。 夕食を済ませて食後の紅茶を飲んでいると「イザーク、今いいかしら?」とエザリアに声を掛けられた。 「はい」 と返事をして彼女の元へと向かう。 「何でしょうか」 目の前に並べられたそれを見てイザークは何の話をされるかすっかり悟っていたが、一応聞いてみた。 「あなたの婚約者候補達よ」 (これまた多いな...) イザークは吐きたいため息を飲んでそれらを眺めた。 「イザーク、モテモテね」 「はあ...」 どう考えても、モテモテなのは『ジュール』であって、自分ではない。 右手で足りない人数の候補者の写真を眺める。 ふと、視線を止めてしまった。 「ああ、気付いた?」 エザリアの声に剣呑さを感じる。 「何を考えているのかしらね」 彼女の名前は、『・』とある。 『』といえば... エザリアを見ると彼女は頷く。 「わたくしに弓を引こうとしている勢力のバックにいる企業の代表ね」 (なるほど...確かに、何を考えているのかわからないな) そう思って、イザークは気がつく。 そんなに裕福な家庭の子女が、何故保育士なんてものをしているのだろうか... 少し、気になった。 彼女は自分のことを知っているのだろうか。 この間にも、エザリアは他の婚約者候補の説明をしていたが、イザークの耳には全く届いていなかった。 |
桜風
12.8.6
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