Cupid 4




「イザークさんって、普段何をしてるの?」

保育園の事務所で彼女の淹れてくれたコーヒーを飲んでいたイザークは思わず咽る。

「あ、大丈夫?」

彼女が背を擦る。

(何度目だろうか...)

彼女に背を擦られながらイザークはそんなことを思っていた。

彼女は、本当に自然体で何も作っていないから楽だろう。

だが、自分は彼女に嘘を吐いている。だから、その分気を抜くことが出来ない。

たまに、こうして自分が構えていないところで『イザーク・マッケンジー』という人物像に迫る話題を振られると慌ててしまう。

「すまない」

一頻り咽たイザークはハンカチで口元を拭い軽く頭を下げる。

「いいえ」

と彼女は首を横に振り、テーブルを拭いてくれる。

「学生だ」

「え?」

「さっきの、質問の答えだ」

「ああ、なるほど」

彼女はあっさり納得した。

「授業は、大抵15時には終わるからな」

言外に、自分がここに立ち寄っているのは学校帰りで、学生ゆえ、時間が空いているから顔を覗かせているとアピールする。

「そうか、学生さんかー。ちょっと懐かしいなー」

は、イザークを呼ぶ際にに敬称はつけるが、あとは敬語を使わない。イザークの希望によるものだ。敬称も取ってもらいたいと思っていたが、そこは彼女が頑なに断った。

自分の大切な子の命の恩人だから、と。



は、何故ここに?」

「職員だから」

「ではなく。何故、保育士になったんだ?」

イザークが質問の言葉を変えると「ああ、そうか」とは納得する。

「子供って無垢でしょう?」

が言う。

「ああ、まあ...」

まだ世の中の汚い部分を見ていないだろう。見ていても、それだと気付けないだろう。

「それが羨ましかったから。イザークさんは、子供が苦手でしょう?」

時々、保育園の子供達と遊んでくれているが、苦手だと言うことが良く分かる。

保育士仲間と彼の様子を見て、笑っている。子供が苦手なのに、一生懸命面倒を見てくれようとしているのが、凄く微笑ましいのだ。

「言葉が、理屈が通じないからな。言って聞かないとどうして良いか分からない」

イザークの言葉にはクスリと笑う。

「なんか、そんな感じね。どうぞ」

先ほどのコーヒーを淹れなおしてイザークの前に置く。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「...は、仕事のない日は何をしているんだ?」

ちらと彼女を見るとビクリと震えていた。

(ああ、これは拙い質問だったんだな...)

イザークは少しだけ反省した。

きっと、名前は変えていないが、素性は秘密にしているのだろう。

だから、説明できない。特に、今は凄く不安定な状況のはずだ。

さて、質問を撤回するか、とイザークが

「言いたくないなら、いいんだ」

と制した。

「え、ああ。うん。何だろう。特に何もしてないのよ」

あはは、と彼女が作り笑いを浮かべる。

「あの、イザークさん。イザークさんは何を専攻しているの?」

「民俗学だ」

「あら、珍しいのに手を出しているのね」

「これを言うと大抵、そんな反応だな。ルーツだぞ?」

イザークが少しだけ抗議の気持ちをこめて言うと「それもそうか」と彼女はあっさりと納得した。

「じゃあ、何か面白い話をして」

に言われたイザークは言葉に詰まる。

「面白い、というのは人それぞれだろう」

「じゃあ、イザークさんが面白いと思った話。そうね、ここひと月の間で学んだことで」

仕方ないので、イザークは此処最近の講義で、興味を持ち、その後図書館に通って色々と調べたことを話した。

彼女は興味深そうに頷き、話の途中で鋭い質問をしてくる。

それに応えながら、イザークは新しい発見をし、とても充実した時間を過ごした。

「あ、ねえ。イザークさん。時間は大丈夫?」

日が沈んでいる。

「ああ、長居をしてしまったな。すまない」

今日は居残りの子がいなかったのでもずっとイザークと話をすることが出来た。

「ううん。あ、イザークさん」

帰り支度をしているイザークをが呼び止める。

「何だ?」

「わたし、近々ここ辞めるから」

何故、と問い返そうとしてイザークは思わず言葉を飲んだ。その代わりに出したことばは「そうか」という相槌だった。



おそらく、ひと月先の晩餐会までが彼女のリミットなのだろう。

その晩餐会までに誰かを選んでおくようにと母に言われていたことを思い出した。

そういえば、他の候補者の事を全く忘れていた。というか、本当に興味がなかった。

(どうしたものか...)

帰宅しながらイザークは思案していた。

本当にどうでもいいのだ。ただ、『ジュール』に仇なす者に連なっている女性を選ぶことが出来ない。

しかし、その最大級の候補者が彼女だ。

真意を探るにしても、慎重に行かなくてはならない。彼女も家の話となると凄く口が重くなるから、その上、自分の嘘がばれてしまったらもうアウトだ。

(...アウト?)

イザークは自分の思考に引っ掛かりを覚えた。

しかし、それをゆっくり考えることを邪魔される。突然鳴り出したモバイルを手に取ると友人からだった。

溜息を吐いたイザークはそれに応じるために通話ボタンを押した。









桜風
12.8.20


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