| は文字通り頭のてっぺんからつま先まで磨かれていた。 1週間前の読みはあっていた。 あと1日、未練でずらしていたらそれこそ職場に迷惑を掛けるところだった。 「ハニートラップねー...」 ガラじゃない。まず無理だ。 (というか、そんなのに引っかかる程度なの?) イザーク・ジュールと言う人物を結局調べることが出来ずに今日を迎えた。 スケジュール管理が異様に厳しかったので、空いた時間で調べておこうと思っていた彼のことを調べる時間が無かったのだ。 それなのに、彼を篭絡しろとか。 「無理でしょう...」 パーティ会場に着いては思わず視線を向けた。 「」 父親に呼ばれて「申し訳ありません」といい、彼に従って歩く。 見たことのある人物が居たような気がした。 (まあ、あの所作なら...) 先ほど、会場に入るところでイザークに似ている人物を見たのだ。 一瞬のことで、彼が会場の人ごみの中に消えたので確認できなかったが、あの顔はそうそう無いだろう。 だから、間違いは無いと思う。 『マッケンジー』というのが有名なのかどうかは知らないが、イザークからは、子供の面倒を見てくれているときも、出したコーヒーを飲むときもどこか品性を感じていた。 だから、きっと良いところのご子息なのだろうと思っていた。 政界だったら、子供が政治の道具になることが多いと聞く。だから、こういう場には良く来るのだろうし、財界でも自分のように親の駒として使われることだってある。 とはいえ、あのイザークが大人しく親の駒として納まるとは思えないが... ふと、は自分に向けられている視線に気付いた。 どれも好意的なものは無い。 つまり、 「お父様、ばれていませんか?」 周囲に父親の目論見が露見していると言うことだろう。 「ま、まさか...!」 「この視線の痛さは、間違いないと思うんですけど...」 (困ったわ) つまり、自分の進むべき道は、イザーク・ジュールに婚約者として選ばれなくてはならない。それしかなくなった。 隣に立つ父親をチラと見上げると尋常ではない冷や汗を掻いている。 娘の自分が言うのも何だが、意外と小心者で、良くここまで綱渡りをしてこられたな、と良く感心していた。 だが、ここで終幕なのだろう。 「」 重い声で名を呼ばれて父はゆっくり振り向く。 これまで手を組んでいた政界の大物が声をかけてきたのだ。 「お久しぶりでございます」 が挨拶をすると彼はチラと見て「ああ、大きくなられたな」と適当に返してきた。 「少し、お父上をお借りするよ」 「...どうぞ」 断れるはずが無い。 はそう頷いて父から離れる。 身のほど知らずの野心を持った彼は、引き摺られるように会場の隅に連れて行かれた。 「さて、どうやって生きて行こうかしら...」 自分でも呆れるくらいの切り替えの早さ。 保育士として、また別の施設で働くこともできるのではなかろうか。 そんなことを考えながらテラスに出た。 とりあえず、こそこそと噂話をされるのは好きではない。否、そんなことを去れるのが好きな人が居るはずが無い。 ドリンクを持ってテラスの欄干に少しだけ体重を預けた。 ふと視線を滑らせて「あ、」と呟く。 向こうは既にの存在に気付いていたらしく、固まっている。 「思いのほか、早い再会をしてしまったわね」 苦笑しては自分の持っているグラスを軽く掲げた。 「あ、ああ。...化けたな」 「あら、失礼ね」 はクスクスと笑う。 「まあ、頭のてっぺんからつま先まで、物理的に磨かれたからね。イザークは、どうしたここに?『マッケンジー』ってどういうお家なの?」 の問いにイザークはぽかんとした。 「まさか、。俺のことをまだ知らないのか?!」 イザークの上げた驚きの声には「え?」と目を丸くした。 「え、えっと。正直、政治には興味なかったと言うか...経済はそこそこ知ってるつもりだったけど。仕事やめてからは、今日の準備で自分の時間が持てずに...」 むにゃむにゃと言い訳をするにイザークは溜息を吐いた。 「俺が、イザーク・ジュールだ」 彼の今更過ぎる自己紹介に「はあ?!」と思わず声を上げる。 「なに、『ジュール』って」 「あ、いや...」 「じゃあ、イザーク・マッケンジーさんって誰?!」 少し語気が強いにイザークは少したじろぎながらも「とりあえず、俺の知っている者にはいない」と答えた。 「どいういうこと?」 「マッケンジーは友人のファミリーネームだ。咄嗟に、出た」 「ふーん...」 そう呟いては黙る。 イザークは暫くその沈黙に耐え、の次の言葉を待ったが、中々次が無い。 「おい」 声を掛けると 「答えて」 と重なるようにが言う。 「何だ?」 「あの子を助けてくれたのは、わたしが・であなたがイザーク・ジュールだから?」 つまりは、婚約者候補のが面倒を見ていた子供だからイザークが助けたのかということだ。 「いや、それは違う。あそこに居た保育士がじゃなくても俺はあの子を助けようとは思った。何せ、あの日に帰ってから婚約者候補達のことを知ったのだからな」 イザークの言葉にはホッと息を吐く。 「よかった」 「何故?」 イザークが問う。 「もし、イザークさんが婚約者候補のわたしに近付くためにあの子を助けたのだったら..あの子は勝手に大人の事情に利用されたことになる。そういうのって嫌じゃない?」 は困ったように笑った。 そう、嫌なのだ。大人の、親の事情で利用され、結局何も出来ないまま終わってしまう。そんな自分が。 |
桜風
12.9.3
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