| 俯いて黙り込んだに、イザークはどうしていいのかちょっと悩んでいた。 「それで、イザークさんは」 俯いていたが顔を上げて口を開く。 「イザークさんは、婚約者たちの中からもう誰を選ぶか決めたの?」 (わたし以外なのは確かだろうけど) は心の中でそう呟く。 「まあ...決めたいのは山々なんだが、少し難しいところなんだ」 より取り見取りだろう。間違いなく悩むはずだ。 「そう。まあ、うちは間違いなく終わったみたいだから」 「...そうなのか?」 イザークが問い返す。 「ええ。さっき、お父様、連行されていったから。って、さすがに命はとられないわよね...」 何だか途端に不安になった。自分ひとりになっても生きていく自信はあるが、さすがに身の程をわきまえなかったとはいえ、父の命が取られるとなると平静でいることは難しいと思う。 「今、氏の命を奪えば誰が手を下したかが容易に想像できるから、さすがにないとは思うが...」 イザークの言葉にはホッと息を吐く。 「なあ、」 「なに?」 父親が無事ならば、と安心してグラスを傾けるにイザークが口を開く。 「俺は、迷っているんだ」 「うん、なに?」 凄く気楽な声音にイザークはちょっと心が折れそうだ。 「俺の婚約者と言うことは、政治家としてのジュールに弓を引くような人間であってはならない」 「そうねー。このシャンパン凄くおいしいんだけど...」 「あとで貰ってきてやるから。...そうではなくて」 (本当に突然他人事になったな...) 心の中でそっと溜息を吐いてイザークはを見た。 「が良いんだ、俺は」 と言う。 彼女はぽかんとした。 これまで見たことが無い、見事に『鳩が豆鉄砲を食らった』と表現するに相応しい表情だった。 「は?」 「俺は、が良いと思っているんだ。だが、はジュールと反対勢力だろう?」 「今日、切り捨てられちゃったけどね、たぶん。あと、財界での発言力もドンと落ちた。いやぁ、おススメできない物件ですよ、の令嬢さんは」 他人事のようにが言う。 「だったら、なお更だ」 「どうして?」と彼女が問う。 「俺の道は俺で作るつもりだから、母上には悪いが、ジュールに拘るつもりは無い。ただ、そうは言っても、ジュールに弓引く者が一族にいれば母上の邪魔になる。最低、その義理は果たさなくては、と思っていたからな」 つまり、財界の発言力が無いとかそういうのは興味が無くて。ジュールの反対勢力に居ないなら、全然いいよということのようだ。 「けど、一度信頼を凄い勢いで失墜した人が身内になるのも拙いんじゃないの?」 「さあな。多少の障害は障害と思わないしな」 (何と自信満々な...!) は驚く。 「何でわたしなの?」 の問いにイザークは苦笑した。 「幸か不幸か、今回の候補者の中で最も俺が知っている人だから、か?素のとはたくさん話をした。の令嬢としてのではなく、子供が好きでたまらない、素の・とな」 「...まあ、わたしも。良くわかんないジイサン相手にハニートラップ行ってこいって言われるよりか、イザークのほうが良いけど」 の言葉にイザークは眉を上げる。 「どういうことだ?」 「ああ、ジュールの子息といえども年頃の男と言うことに変わりないからな、ニヤリって父に言われていたから」 イザークの眉間に皺が寄る。 「それで、は...」 「ハニートラップやむなし。けど、そんなもんに引っかかる男だったら、やだなーとも思ってたし」 の言葉に、イザークの眉間の皺が益々深くなる。 「怖い顔をしてるよ?」 「せずにいられると思っているのか?」 イザークの声が低い。 「えーと」 「よし、決めたぞ」 イザークが言う。 「なに?」 「俺が選ぶのは、・だ」 「はい?さっき言ったじゃない。お荷物になるからやめておいたほうが良いと思うわよ」 「条件は2つ」 の言葉を汲むことなく、イザークが続ける。 「...なに」 「ひとつは、の引退だ。の父親は、財界に顔を出さないこと」 「出したくても、もう出せないだろうから...」 は頷く。 「それと、」 そう言ってイザークの出した条件にはまたしてもぽかんとした。 「はい?!」 「だから、は保育士としてあの施設に戻って働くこと」 「いや、ええ??」 嬉しいが、どうも腑に落ちない。 「絶対にイザークのお母様は納得しないわよ。大反対」 「あのな、。お前、さっき言っていただろう、自分で。はお荷物だ、と。 それを背負い込むつもりで、俺は話をしているんだ。そこに、母上の説得も含まれている」 呆れたように言う。 「何で、保育士...」 が呟くと 「俺が好きだからだ」 とイザークが言う。 「保育士が?」 問い返すにイザークはこれ見よがしに溜息を吐いた。 「子供の世話をしているときのが、だ」 (どうでもよかったら何度も通うか...!) 苛立ちを押し込めてイザークは彼女を見ると、睫を伏せて嬉しそうに微笑んでいる。 今のは、確かに令嬢として綺麗だと思う。ただ、正直そういうのは金を掛ければある程度のレベルまで上げることができるのは知っている。 だから、この会場で見かけた令嬢の美しさに正直興味が持てなかった。婚約者候補の全員と話をしてみたが、特に心が動かなかった。 だが、保育士として奮闘しているは一生懸命で、好きだった。 まっすぐに子供と向き合って、正直、身なりは美しいとは言い難かったが、彼女が最も彼女で居られた場所だと、ここで会って思った。 「どうだ?」 イザークの問いには困ったように笑った。 「拒否権は無いはずなのに」 「そうだな、拒否権は無い。ただ、まあ。少しの父上に大人しくしてもらうのに骨が折れそうだ」 苦笑してイザークが言う。 「あー、うん。たぶんそうなるわ」 遠い目をしてが言った。 「だが、が父上の野心のために何処の誰とも分からんヤツにハニートラップをしかけなくてはならなくなるより断然良い」 イザークの言葉にが眉を上げた。 イザークが手を差し伸べる。それを取れば、了承の意味となるのは、分かりきっている。 「俺を選べ。俺は、を選んだ」 イザークの言葉に惹かれるようにはその手を取った。 ぐん、とイザークに手を引かれて彼の胸の中にすっぽりと納まったは覗うようにイザークを見上げる。 不敵に笑ったイザークは「良い子だ」と呟き、彼女の頬に口付けた。 |
桜風
12.9.11
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