| がデートをしたいといってきたのは、期末考査が全て終了した午後だった。 「デート、ねぇ」 イザークが面倒くさそうに言うと「いいじゃない!」と抗議される。 まあ、良いか。機嫌を損なうとそれはそれで面倒くさそうだし。 そう思いながら了承した。 街中を歩いているとが足を止める。 「あ。ねえ、見て」 そう言って指差したのは大きな果実が成った木だった。街路樹として街が植えているのは見かけるが、実もちゃんと成っているのが珍しい。 「ああ、凄いな」 「前、イザークはアレ取ってくれたよね」 あいつ、果物泥棒までしたのか... 呆れるやら感心するやらでイザークは溜息をついた。 「...取らんぞ」 「当たり前よ!びっくりしたもん。でも、嬉しかった。しかも、美味しかったもんね」 まあ、街のものだし、誰かが世話をしているものでもないからとっても大丈夫なものだったのだろうな... そうでなければ街のものとか警官に追い回されていただろう。それはそれで良い思い出かもしれないが、大人のすることじゃない。 がどうしても行きたいと言ったカフェで食事をする。 「イザークの瞳って青空..ぽくないね」 何だろう、藪から棒に。 「まあ、あまり言われないな。どちらかといえば、水の、と形容されることの方が多いだろうな」 「...わたしも、そう思う」 何だか釈然としない表情で彼女は同意した。 「どうした?」 「...夕日と、青空」 が口にした単語で浮かんだ顔がある。 「ラスティが、それだな。確か、瞳も青だったと思うが」 は目を丸くした。 「え、そうだっけ?青空っぽい?」 「そこまでは分からんが...青だぞ」 友人の瞳の色なんて一々チェックしない。青だった、位しか記憶にない。青空かなんて聞かれても答えられるはずがない。 「そっか...」 は俯いてそう呟いた。 しかし、まあ。尾行を気づかれたいのか気づかれたくないのかそこら辺をはっきりさせてほしい。 先ほどからずっと自分たちの後をつけている気配に溜息をつきたくなる。 幸い、は気づいていないが下手をすればそれはそれで敬遠される原因になるだろうに... 食事を済ませて店を後にした。 食事に満足したのか、先ほど落ち込んでいた様子を見せていたは、今は上機嫌に少し先を歩く。 「美味しかったね」 「そうだな、いい味だったな」 イザークもそう頷いた。結構舌の肥えているイザークがそう言うのだ。やはり良い店だったのだ、とは益々機嫌が良くなる。 そして、ふと。ぴたりと足を止めた。 「どうした?」 また記憶の渦に嵌って気分でも悪くなったのか、とイザークは彼女の顔を覗きこんだ。 「ねえ、イザーク」 何事か、少し思い詰めたようにがイザークの名を呼んだ。 「なんだ?」 「キスして」 思ってもみなかったことを言われた。 驚いて言葉を失うイザークを見上げては詰め寄る。 「だって、手も繋がないし。キスだって、一度もしない。好きだって言ってくれない。不安になるじゃない」 不安になるも何も... 困ったな、と視線を彷徨わせる。 だが、これも自分で蒔いた種か。もしかしたら、ラストチャンスかもしれない。 「わかった」とイザークは溜息混じりに返した。 少し離れたところから動揺した雰囲気が漂ってくる。 だから、バレたいのかバレたくないのか... ちょっと今から詰め寄って聞いてやろうか。 まあ、いい。 そう思ってイザークはに足を向けた。 イザークが目の前に立ち、は緊張したように顎を上げて目を瞑った。 イザークの息が顔にかかる。 フラッシュバックのように何かが浮かんだ。 反射的にイザークの胸を押して拒絶した。 違う...! ふと見上げるとイザークが目を丸くしていた。 「あ、いや。あの、ごめんなさい。リトライ!」 そう言ったに向かってイザークは手を伸ばす。 叩かれる、と反射的に目を瞑った。自分が求めたのに、拒絶した。怒られても仕方ない。 しかし、予想に反してイザークの手は優しく自分の頭に置かれる。 「正解だよ。あのな、。俺はお前のためにグラウンドの向日葵を盗んだりしないし、街路樹の果実をとったりしない。出来ない、俺には」 は驚いてイザークを見上げた。 「俺じゃなかったんだろう?」 躊躇いがちには頷いた。違った。夕日色の髪に、青空の瞳。優しい声と、向日葵のような笑顔。 「の正解はあそこにいる」 イザークは後方の背の低い木々を指した。 「尾行がへたくそだぞ」 少し声を張ってそう言い、の頭を優しく撫でてそのままイザークは去っていった。 は恐る恐るイザークの指した木々へと向かった。 そこを覗き込むとオレンジの髪が蹲っている。 「ラスティ、さん」 「...ごめん」 観念したようにラスティが立ち上がった。夕日の髪に、青空の瞳。 の頭の中は依然混乱したままだった。 どういうことだろう... でも、イザークは正解と言った。自分の頭に時々浮かぶのはこのシルエットだった。 「あの、ごめんなさい。まだ思い出せていないの」 心から申し訳なさそうにが呟いた。 ラスティは困ったように笑って、頷いた。 「いいよ、それで。だったら、また一緒に恋を始めよう」 ラスティの告白には目を丸くする。 「オレさ、と一緒にいられたらそれだけで幸せなんだ。とても特別な幸せ。になら何度も恋に落ちることが出来る」 「...紐なしバンジー」 頭に浮かんだ単語がポロリと口から零れた。何だろう、『紐なしバンジー』って。 しかし、目の前のラスティはその単語を聞いてとても嬉しそうに笑った。向日葵だ。 「そう!紐なしバンジーなんだよ、恋の始まりって」 はぷっと吹き出してやがて声を上げて笑い始める。よく分からないけど、何だか可笑しい。 ラスティも笑う。とても嬉しそうに。あの悲しそうな笑顔ではなく、とても、心から嬉しそうに。 恋はするものではなく、落ちるものだと何かで読んだ気がする。 だったら、自分が恋に落ちた瞬間はきっと今だ。 「たぶん、わたしはラスティさん..ラスティと恋人同士だったのね」 「...そうだよ。とってもラブラブだったよ。周囲が羨むくらいに」 悪戯っぽく言うものだから本当かどうかちょっと疑わしい... 「でも、ごめんなさい。まだ思い出せないの」 「うん」 「だから、また今から始めてもらえるかしら?」 の言葉にラスティはそのまま言葉を失って腕を伸ばし、彼女を抱きしめる。 「喜んで!オレ、を想う気持ちは誰にも負ける気がしない。絶対に、他の誰にも負けないから」 耳元で弾む声には自然と笑みが零れた。 「お騒がせしました」 とラスティがイザークたちにぺこりと頭を下げたのは翌日の昼時間だった。 「あー、元鞘?」 「まだ思い出せてないんだけど。また始めれば良いかな、って。イザークもありがとうね」 が笑顔でそう言う。 面倒くさそうにイザークは手を振った。 食堂のメニューを取りに2人が一度その場を離れていく。 「なあ、イザーク。女の子紹介してやろうか?」 ディアッカが悪戯っぽく言った。 「貴様とは趣味が違うからパスだ」 笑いながらイザークが返した。 「それはそれは...」 肩を竦めてそう言うディアッカもやはり笑顔で、母親の作った弁当を広げているニコルも、食堂の定食を食べていたアスランも安心したように微笑んだ。 |
桜風
09.11.9
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