masquerade 1





自室のサイドボードの引き出しの奥から小さな小箱を取り出した。

そっと開けるとそこにはカフスボタンが1個。

溜息を漏らした彼女の耳にドアをノックする音が聞こえた。

「はい」と返事をすると使用人が声をかけてくる。

父親が帰宅し、彼女を呼んでいると言うのだ。

「わかったわ」

返事をして彼女はその小箱を大切にサイドボードの引き出しの奥に仕舞う。自分の想いもそれと共に...





プラントでは知らない人はない、『』のご令嬢と呼ばれる立場にある。

蝶よ花よと育てられ、とまでは言わないまでも大切に育てられた自覚はある。

各界の『令嬢』と呼ばれる身分の子女がお披露目されるパーティでお披露目されて以来、社交界では一際注目されていた存在だった。

本人が望む、望まないは別として。

お陰で色々と人生勉強をさせてもらった。

胡散臭い笑顔で心にもない美辞麗句を並べ立てながら近付いてくるどこぞの御曹司を軽くあしらい、女の怖さを此処に見た、と思わんばかりの影での嫌がらせ。

どんなに人間が出来ていても嫌になることはある。

そんな時、友人が面白い催し物に誘ってくれた。

『仮面舞踏会』

それに参加するものは自分の素性を隠してただの一個人として楽しめるのだと言う。

本当かな、と疑いもしたが少々精神的に疲れている自分にとってはとても魅力を感じるものであり、両親に内緒でその仮面舞踏会に参加することを決めた。

使用人たちは必要以上に干渉してこないし、元々両親は忙しい人たちなので、何とか誤魔化せると思ったのだ。


そして、その仮面舞踏会の当日。

自分を誘ってくれた友人と口裏を合わせて何とか参加に漕ぎ付けた。

良くこんなことを考えたな、と感心した。

仮面ひとつでこんなにも気が楽なのかと思ったのだ。

気付く人は気付くだろうが、此処で身元を披露するのはマナー違反であり、更に言えば、誰かの素性をばらした場合はその人の信頼が損なわれる。

そう言うものだと知ると更に気が楽になる。

少し人に酔ってしまい、バルコニーに出て夜風を感じているとコツリと足音が聞こえた。

振り返るとそこには銀色の髪を後ろに束ねた青年が立っている。

勿論、仮面で顔を隠しているのではその彼の素性はわからない。

「失礼、ご一緒してもよろしいでしょうか」

「ええ、構いません」

そう返したに彼は「ありがとう」と言い、彼女から少しだけ距離を取ったところに立った。

「よく...」

不意に彼が声をかけてくる。

「はい?」

「よく、こういったパーティにはいらっしゃるのですか?」

そう聞いた彼ははっと口を噤み「失礼、マナー違反でしたね」と自身の問いを訂正した。

「いいえ、構いませんわ。そうですね、こういった仮面舞踏会は初めてなんです。ちょっと緊張しています」

クスリと笑ってが返すと彼の緊張も少し解れたように感じた。

「あなたは?」

が問うと

「私もです。腐れ縁の悪友に無理やり引っ張ってこられました」

と肩を竦めて彼が言い、彼女はクスクスと笑う。


暫く会話を楽しんでいると室内から曲が流れてきた。

おそらく、最後のワルツの曲だろう。

いつの間にかそんなに時間が経っていたことに驚きは「まあ」と思わず声を漏らした。

「すみません、楽しかったのでつい」

と彼が言う。

「いいえ、こちらこそ。時間を忘れてお話できて、とても楽しかったです」

にこりと微笑んだに向かって彼が手を差し出した。

「最後に私と踊っていただけませんか?」

自然と彼の手に自分の手を重ねていたことに多少の驚きを抱きつつも、は「よろこんで」と頷いた。

彼の見事なリードには滑るように踊る。

観客が誰も居ない、星空だけが彼らの姿を見守っていた。

曲が終わり、それぞれが礼をする。

「今日はあなたに出会えたことが一番素敵な出来事でした」

にそういわれた彼は少し驚いたような息遣いを見せ、「私もです」と返した。

「あ、居た居た!」

振り返ると自分の友人が傍にやってくる。

と一緒に居た彼を見上げて少しだけ警戒したような様子を見せた。

「そろそろ帰らないと」

そう促されては頷く。

「では、機会がありましたらまた」

そう言っては挨拶を済ませて半ば強引に自分の腕を引く友人と共にその場を後にした。


友人の家に帰ってドレスを脱ぐとリボンにカフスボタンが引っかかっていた。

驚き、本来なら返すべきなのだが、仮面舞踏会ゆえに彼の素性は知らない。

どうしたものかと悩んでいると「あれ?」と友人が声を出した。

慌てて手にしていたカフスボタンを隠し、「なに?」と聞き返すと「、イヤリング、片方ないよ?」と指摘されて耳たぶを触る。

「本当、どうしよう...」

「あ、何か特別なプレゼント?」

「ううん、そうでもないけど...」

物は大切にするように躾られているので、失くしてしまうと物凄く罪悪感を感じてしまう。

何より、両親に内緒で参加した仮面舞踏会でのことなので、その罪悪感は尚更だ。

「大丈夫?」

顔を覗きこんで言う友人に、は笑顔を浮かべて「大丈夫」と返した。

慌てたって、もうどうしようもないのだから。








桜風
11.11.14


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