| 仮面舞踏会から1週間も経たないある日、は両親に呼び出された。 改めての呼び出しに、内心戦々恐々だ。あの仮面舞踏会がばれてしまったのだろうか... 両親を前に座り、暫くの沈黙が続く。 空気の重さに耐えられなくなり、はいっそのこと自分から白状してしまおうと思った。 「お父様」 「」 自分が声を出したのと同時に、父親が彼女の名を呼ぶ。 「実は、お前に紹介したい青年が居る」 「...はい?」 一瞬状況を把握できずには思わず聞き返した。 「紹介したい、青年ですか?」 何のための? 自分の中にひとつだけ浮かんだ答え。しかし、それを否定したくて自分からは口にしない。 「婚約者となる青年だ」 「あの..婚約者とは、将来結婚をすると言う、あの?」 「それ以外の『婚約者』というのはあるか?」 と父親に聞き返されては首を横に振る。 いつかは来る問題だとは思っていた。 自分の立場から考えるとそうなるのは火を見るよりも明らかだ。 父親の、両親の役に立つのなら本望だと思っていた。 あの仮面舞踏会に行くまでは。 煩わしい社交界に顔を出していたのも、嫌がらせを受け流し、どうでもいい人間を相手に笑顔で言葉を交わす事だって自分の役割だと思っていた。 そう割り切っていた。 しかし、それが出来なくなった。 「彼は忙しい身だから、近々時間を取ってもらうことになっている。失礼のないようにな」 そういわれては俯いた。 「?」 母親に促されて「はい」とかろうじて返事をし、自室に戻る。 イザーク・ジュール。 最高評議会議員のエザリア・ジュールを母親に持ち、自身も経営に手を出している最近は特に注目されている存在だった。 人々の関心や期待などは特に気にならず、自分のしたいこと、出来ることを淡々と行う日々だったが、どうやら精神的な疲れは溜まっていたらしい。 昔馴染みの悪友に誘われて仮面舞踏会なるものに足を運んだ。 最初は面倒くさいだとか、いかがわしいとか言って嫌がっていたのだが、断り続けるのも結構体力が要るもので、仕方なく1度きりと言う約束でその会場に足を運んだ。 仮面をつけていても相手が何者かは何となくわかる。だから、茶番だと思いながら会場内を見渡し、どうでも良くなってバルコニーに向かった。 そこには先客があり、彼女は静かに佇んでいた。 邪魔をしてはまずいかな、と思ったが彼女が振り返る。 彼女に断ってバルコニーに滞在した。 何となく、お互い沈黙しているその状況が気になったのと何故彼女がこんなところにいるのかが気になって声をかけた。 声をかけたところでこれは此処ではマナー違反だと気付き謝罪をしたが彼女は笑って許してくれた。 そして、イザークの問いに答えてくれる。 とても涼やかなその声にイザークは好感を抱いた。 それから暫く、お互いの素性に触れることのない話題で言葉を交わし、その短い時間の中で彼女がいかに聡明であるかを窺い知ることができた。 しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、最後のワルツが耳に届く。 彼女とは此処でお別れだ。 お互いの素性がわからないこの状況では、二度と会うことは叶わないだろう。 だから、彼女に最後に踊ってもらいたいと申し出た。 彼女は快くその申し出を受け入れた。 足の運び、軽やかなステップ。誰にも見られていない最高のダンスだった。 曲が終わり、彼女の手を離そうとした。 自分のカフスボタンが引っかかるのに気付き、イザークはすぐにそのボタンをちぎった。彼女のドレスを傷つけるわけにはいかない。 ボタンはどうやら彼女のドレスに引っかかったままのようだが、それはそれで仕方ない。 一言二言言葉を交わしていると彼女の友人らしき人物がやってきて敵意を露にして威嚇する。 危うく苦笑しかけ、彼女に言葉を返してその姿を見送る。 ふと、足元に光るものがあった。 イヤリングだ。 さきほどまで彼女の耳に光っていたそれと同じデザインのもの。 つまり、彼女の落し物だろう。 慌てて追いかけようとしたが、それは叶わず、結局彼女に返しそびれた。 「よー」と声をかけてきたのは自分を此処に連れてきた悪友、ディアッカ・エルスマンだった。 「どうよ、楽しめた?」 「お陰さまでな」 イザークの素直な言葉は嫌味と取ったらしく、「悪かったよ、もう誘わない」とディアッカが返す。 「...たまになら良いぞ」 と自分が予想した言葉とは真逆の返事があり、ディアッカはぽかんとした。 「じゃあな、俺は帰る」 そう言ってスタスタと歩き出したイザークに「え、ちょ..待てよ」とディアッカが慌てて追いかけてきた。 「何?素敵な出会いがあったの?」 「お前の頭の中はそればかりだな」 そう返しつつも、当たるとも遠からずな先ほどの出会いにイザークの口の端が上がる。 彼のジャケットのポケットには先ほど拾い上げた彼女のイヤリングが入っていた。 |
桜風
11.11.21
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