masquerade 3





「全く、女々しいな...」

小箱にしまっているイヤリング取り出してイザークは呟く。

今日は自分の婚約者となる女性に会いに行く。

色々と世間の柵から抜け出せない自分の身が、今更恨めしい。

結局、あのイヤリングの持ち主は誰だったのか分らず仕舞いだ。当然、それを調べることさえもマナー違反だし、主催者がそれを漏らしたとなると主催者の信用問題に拘わってくるので絶対に参加者の情報は公開されない。

「イザーク、時間ですわよ」

部屋のドアをノックし、母親が声をかけてきた。

「はい、今すぐ参ります」

イヤリングをそっと箱の中にしまい、イザークは部屋を後にした。


相手と会うのは、このプラントで一番と言われているホテルのレストランだ。

自分はそこまで興味がなかったが、彼女は社交界では物凄く有名な令嬢らしい。

父親とは何度も話をしていて彼には好感を抱いていた。

「いい、イザーク。嬢に失礼のないよう、しっかりエスコートするのよ」

相手は「」と言うらしい。

前も聞いたはずだがすっかり忘れていた。

「聞いてるの、イザーク」

「ええ、ちゃんと聞いています。嬢の機嫌を損ねないよう、しっかりエスコートしますよ」

彼女の実家、と繋がりを持つことは母としては政界での、自分としては財界での地位をより強く保つために必要なことで、相手もまた同じようなものだ。

要は政略結婚だ。

俺はともかく、嬢は気の毒に...

そんなことを思いながら、イザークは目的地へと車を走らせた。



レストラン入り口で名前を告げると個室に通された。

暫く待っているとドアが開き、銀髪の女性がやってきた。

その髪の色にの心臓はドキリと跳ねた。

「遅くなりまして、申し訳ありません」

母親がそう言う。

「いいえ、私共も先ほど着たばかりです」

と父が言う。

彼の言葉通りそう大して時間は変わらない。

「失礼します」と母親に続いて青年が入ってきた。

同じく銀髪での心臓は一際大きく跳ねた。

お互い親に紹介されて自己紹介をし、食事をする。

しかし、此処に態々やってきた確信には触れないんだな、とは不思議に思った。

『婚約』という経験が今回が初めてで、はそれがどういう手続きで行われるのかさっぱりわからないのだ。

食事も終わり、表向きの理由である『会食』が終わってしまった。

「イザーク、私は氏とお話がありますから、その間嬢と少し席を外してくれるかしら?」

なるほど、このタイミングかとは感心した。

「わかりました」とイザークは頷き、に視線を向けた。

「お付き合いいただけますか?」

イザークに声をかけられて「ええ」とは頷く。

レストランを後にし、イザークのエスコートで展望デッキへと向かう。

光り輝く夜景を眼下に眺めながらは気になって仕方ないことを聞くことにした。

「あの、イザーク様」

「どうしました、寒いですか?」

そう言ってジャケットを脱ごうとするイザークを慌てて止めたは一度深呼吸をする。

「とても不躾な質問になるのですが」

と断り、

「父からイザーク様はわたしの婚約者になられる方だと聞いていました。しかし、先ほどの会食ではそのような話は一切ありませんでした。父の認識が間違っていたということでしょうか」

と疑問を口にする。

イザークは苦笑した。

「いいえ、嬢は私の婚約者になっていただくと言う話はまとまっています。残念ながらそこにあなたの意思は含まれていないのでしょうが」

の令嬢』という立場から、おそらくそうなのだろうと推測してイザークが言い、は小さく首を横に振って寂しげに笑う。それは仕方ないと諦めているようだった。

「しかし、とジュールの結びつきを良く思わない者達が少なくないため、政界と財界にそれを悟られては困るのです。
当初、私はともかく、それこそあなたの意思を無視して不意打ちで私の母やあなたの父上が突然発表という手も考えたみたいですが、それはさすがにあなたに失礼だと言うことでこうして事前にお会いする機会を設けたのです」

このこと自体、少し危険だとイザークは言い添える。

「危険、ですか?」

「ええ。少々、危険です」

「それは、イザーク様やエザリア様の身に危険が及ぶと言うことですか?物理的に」

の言葉にイザークは少なからず驚いた。

「ご自身の身の心配はされないのですか?」

「わたしは自分の立場、の一人娘という自分の価値を知っているつもりです。ですから、覚悟は出来ております」

凛としたその声にイザークは言葉を失った。

あのとき出会った彼女を思い出したのだ。

「イザーク様?」

不思議そうに自分を見上げる彼女に「いえ」と返し、「私も母も同じです」と言う。

イザークの瞳にまっすぐ見つめられての心臓はまた跳ねた。

ドキドキと早く叩く鼓動をどうにか治めたくて胸の辺りをぎゅっと握る。

「怖いですか?」

が怖がっていると勘違いしたイザークが言う。

「あ、いえ...」

「婚約発表をすればあなたには我が家に来ていただく事で話を詰めているみたいです。とジュールでどちらが安全かと検討した結果、より安全な方に来て頂くほうが良いだろうということになりました。
女の子が我が家に来ると言うことで母がもう随分前から張り切っています」

肩を竦めてイザークが言う。

「本当ですか?」

「ええ。だから、少しの間。あなたと私の婚約を発表するまでの少しの間だけ、我慢していただけますか?
そのあとは、ジュールが全力であなたを守りましょう」

イザークの言葉にはにこりと微笑み、「これから、よろしくお願いします」と静かに礼をした。









桜風
11.11.28


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