masquerade 7






イザークが応接室に戻るとがポタポタと涙を流している。

「どうかしたのか」と声をかけようとしたが、自分ではどうすることも出来ないと思い、とりあえず話をすることにした。

「俺も、その日のその会場に居たんだ」

驚いたようには顔を上げた。

「そこで、俺は一人の女性に出会った。彼女とは話をして、1曲だけ踊ってそれで別れた。そのとき、彼女が落としたものがあるんだ」

そう言って大切そうに掌に載せている小箱を開けた。

その中身を見たとき、は「あ...」と声を漏らした。

「困っているかもしれないと思ったんだが、身元を調べるのはルール違反だからな。だから、ずっと持っている」

「イザーク...様?」

驚いたようにがイザークを凝視した。

「どうした?」

「あ、あの。少しお待ちいただけますか?」

そう言って今度はが応接室を出た。

の反応を見るとこの持ち主を彼女は知っているように思えた。

しかし、そんな都合の良い話はないだろう。


そう間を置くことなく彼女が戻ってきた。

その手には自分の持っている箱と似たような大きさの小箱で、もうひとつ何かを握り締めている。

「これを」と言って彼女は自分が持ってきたそれらをテーブルの上に置いた。

イザークは思わず声を漏らす。

片方が此処にあった。

そして、「開けても良いか?」と断って小箱に手を伸ばした。

既に確信はしている。

があの時、1曲だけ踊った彼女だったのだ。

そして、おそらくこの小箱の中身の片割れは自分が持っている。気に入っていたからもうひとつ作らせて使い続けようかと悩んでいたところだったのだ。

開いた小箱の中身は自分の予想通りのものだった。

「これは俺の左袖のカフスだったはずだ。右袖のはまだ持ってるぞ」

イザークの言葉を聞いたは両手で顔を覆ってその場に泣き崩れた。

イザークはその傍に膝をつき、「」とこれまでで一番優しい声音で彼女の名を呼ぶ。

顔を上げたはそのアイスブルーの瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「俺達は、スタートの仕方がややこしかったな」

苦笑してそう言う。

「わたし、ずっと...イザーク様を裏切ってる気がして。でも、イザーク様のことも好きだから余計に...」

「本当は」とイザークが言葉を漏らす。

「本当は、さっき母上が騒いでいたとき俺も正直面白くなかった。政略結婚だからとか色々建前を並べてみたけど、やっぱりは俺の婚約者でこの先も俺のパートナーとなってほしいと思っていたから。だから、まずこのゴシップ自体が嘘だと思いたかった。すぐに自身に否定されてしまったがな」

肩を竦めてそう言う。

「ごめんなさい」

「嘘の上塗りをしてそのまま誤魔化すことを選ばなかったは正しいよ。結果、俺達は仮面舞踏会で出会ったお互いに惹かれていたが、そうでなくとも、ここで嘘を吐かれたらもう俺はを信用は出来なかったと思う」

そう言ってイザークはの瞳をじっと見る。

「キスをしても良いか?」

婚約者としてすでに随分と時間が経っているし、立場上咎められることもない。

それでも、イザークはをずっと大切にしてきた。

心の伴わない無理強いをすることなく。

だから、きっとも彼に惹かれたのだろう。

コクリと頷くにそっとイザークの唇が触れる。

唇が離れ、イザークを見上げるとこれまで見たことがないほどの優しい表情にの瞳から雫が零れた。

「な?!何だ??やっぱりダメだったか?!」

慌てるイザークにクスリと笑い

「わたし、やっぱりイザーク様の事が好きです」

と先ほどの言葉を繰り返した。

ぽかんとした表情を見せたイザークだったがやがて微笑み、「俺もだよ」と返す。


状況確認が終わり、やっと遅い朝食を摂っているとイザークが「」と少し硬い声で呼ぶ。

「はい」

「悪いが、友人だった人間を一人失くしてもらうぞ」

その言葉には息を飲む。

のあのカフスのことを知っている人物、彼女があの仮面舞踏会に参加したことを知っている人物はただひとりしか居ない。

睫を伏せたに「すまない」とイザークは謝罪の言葉を繰り返し、やがて出勤していった。



「なー?イザークって怖いだろう?」

別の意味で怖いと思った。

あの騒動は翌日に鎮静化したのだ。

勿論、首謀者その他諸々芋づる式でつるし上げてうみを出した。

その仕事の早いこと。

の友人だった彼女の家が関係しているところは、あっという間に没落した。

一気にイザークの評価が上がった。いろんな意味で。

あの日、帰宅したエザリアはイザークからの連絡を受けたからか、はたまた時間を置いて考えることが出来たからかの部屋に直行して朝の非礼を詫びた。

「だから、やっぱりちゃん。オレのほうが良くね?」

ディアッカがにこりと微笑む。

「あの、ディアッカ様」

、ディアッカのことは『ミジンコ』で充分だ」

ディアッカがジュール邸に遊びに来た。が以前そう言ったので仕方なくイザークも彼の訪問を認めて邸の中に入れる。

応接室でとディアッカはテーブルを挟んで正面に座り、イザークはの隣に座って彼女の腰を引き寄せている。

「楽しそうですね」

が言うと

「お?オレの気持ち分かってくれるんだー。よーし、イザークとの婚約解消は早いほうが良いよ」

「ディアッカ...貴様ぁ......」

唸るイザークにディアッカが笑う。

きっと彼はこれまでもこうやってイザークのガス抜きをしていたのだろう。

とても良い友人だとは思うが...

「ダメです、ディアッカさん」

『ミジンコ』はさすがに無理だが、『さん』なら大丈夫。ディアッカのこの軽さのお陰だ。

「何が?」

「わたし、イザーク様にぞっこんですから」

の発言を間近で聞いたイザークはものの見事に真っ赤になる。

「な?!!」

「なので、婚約の解消はありません」

にこりと微笑んでイザークを見た。

「えー、超残念。てか、オレ今当てられてる?」

「はい!」

満面の笑みのにディアッカは苦笑を漏らして

「そっかー。良かったな、イザーク。てか、『俺もにゾッコンだー』とか言わないの?」

とからかい始める。

「やかましい!とっとと帰れ!!」

「あ、はいはい。これからイチャイチャすんのね。あー、羨ましい」

そう軽く返事をしてディアッカは本当に帰っていった。


「あの、イザーク様?」

見上げるにイザークがキスをする。

「あまり、人前で可愛いことを言うな」

ぶっきらぼうに返すイザークには満面の笑みで「はい」と返事をした。

ちょっと遠回りだったが、本当の恋をしているたちは、この先も皆が羨むくらいに幸せそうに過ごし、時々周囲の人々、とりわけディアッカはその幸せに当てられるのだった。









桜風
11.12.26


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