Polaris 35





アプリリウスへの潜入は結構楽にできた。

まあ、彼女は自身の手で自分をどうにかしたいのだろう。

指定された場所、というのがこれまたアプリリウスの市街地ど真ん中にある劇場だ。ラクスがコンサートに使う予定になっていたような気がする。

戦闘訓練、受けてないんだよな...

ぼやきたい気持ちを抑えてはイザークと共にその劇場に向かった。


「知らなかったな、こんな抜け道があるなんて」

イザークが呟く。

「きったないところだからみんな使わないんだけどね。地図にも載ってないし」

地下道、というには些か憚れる道を通って劇場へと急いだ。



「ごきげんよう」

舞台の上手から凛とした声が響く。

舞台の上に立っていた人物たちが振り返った。

「イザーク!」

「イザーク様、お久しぶりです。そして、ようこそ。戦姫?」

一瞬、イザークと共にやってきた人物がだとは気づかなかった。それほどまでに印象が違う。

小賢しい、と思っては眉を顰める。さらに、イザークが抱えているバッグの中身が少しだけ気になった。

の隣にはエザリアが立っていた。

彼女は拘束されていない。

どういうことだ、と疑問が生まれた。

「お招き預かりましたので、こうして参りました。お久しぶりですわね、様。エザリアおば様」

がそう言ってにこりと微笑んだ。

「母上を放せ」

イザークがを庇うように一歩前に出た。

「あら?こうしてお話しているだけですわ。留置所になぜか閉じ込められていたお義母様を助けて差し上げたのに...冷たいことをおっしゃいますのね」

悲しげな瞳を向けると、その隣に立つ母は別の悲しみを瞳に湛えている。

「イザーク。なぜプラントを裏切ったの?」

「なぜ、だけにすべてを押し付けようと?だけで済むなら、などとうい考えに俺は賛成できません。俺が一番幸せになってほしいと願っているのは彼女なのですから」

はっきりというイザークにエザリアは言葉を失った。

そして、エザリアの隣に立っているは顔に湛えていた笑みをすぅと消す。

「ああ、やはり。でも、なぜその女なの?」

小鳥のさえずりと喩えられていた声は、昏く深い憎しみが滲み出ているものになった。

「理由、か。さあな?誰かを愛おしいという気持ちにいちいち理由を付けなければならないというのは、少し違う気がする」

イザークの言葉には目を丸くした。本人を前に何だかはっきり言うなぁ...

「でも、イザーク様。ここであなたがこちらに戻ってくればエザリア・ジュールの命は助けて差し上げても構いませんわ。お父様にお願いして差し上げますわよ」

の言葉が信じられないという表情でエザリアが彼女を振り返った。

口元は笑みを浮かべているが、『笑っている』という印象からほど遠い表情だった。

..さん?」

一歩あとずさったエザリアの腕をがつかみ、乱暴に引き寄せる。

思いもよらない扱いにエザリアはその力に逆らうことができず膝をつく。

「年長者は敬うべきだと思いますわよ?」

「アンタは黙ってて!さ、イザーク様。こちらへ」

手を差し出す

イザークも本心では母が心配でここまでやってきた。だが、このまま戻れない。もう、今のプラントには戻れないのだ。

嬢は、なぜをそこまで憎んでおられるのですか?」

「その女の父親によって、わたくしのお父様の人生が狂ったからよ!あんなの、居なくなればいいのよ。その女だけは幸せになってはいけないの!!そいつは幸せになってはいけないのよ!!」

叫ぶにイザークは怪訝な表情を向ける。を振り返った。は困ったように笑っている。

シーゲル・クラインがラウ・ル・クルーゼに何かをしたとは思えない。



?」

イザークが彼女の名前を呼ぶ。

何か知っているのではないか、と。

様。エザリア様の手を離して差し上げたらどうかしら?痛そうですよ?」

「黙れ!ナチュラルの男たちに嬲られた穢れたお前が何を言うの!?アンタの婚約者となるべき方はあたしのものよ。今更、あなたの出る幕はないのよ!」

の言葉にエザリアの顔色が失せる。

命のことしか考えていなかった。死ぬことはあるだろうと。しかし...

イザークも同じような表情を浮かべた。しかし、イザークは何となくそういうことがあったかもしれないという感じは受けていた。あの体中のあざを目にしていたから余計に。

エザリアの視線を受けては微笑む。昔と変わらず穏やかに安心させるように。

「あら、そんなこと全くありませんでしたわ。皆様、真摯にわたくしに接してくださいましたわよ。それに、あなたがここにご招待くださったのでしょう?」

の言葉にがついと目を眇めて侮蔑の瞳を向ける。

「アンタが体を売ってザフト軍を鼓舞していたのはあたしだって知ってるのよ。今更、でしょう?穢れた戦姫?」

の言葉にはため息をつき、イザークが地を蹴った。

「ストップ」

そう言って銃口を捕らえているエザリアに向けた。

「少し、待ってください。わたくし、その女に話があるんです」

静かに言うにイザークは奥歯をギリと噛んだ。









桜風
10.7.19


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