求婚の日




 「俺と結婚してもらえるな」

「パス1」

婚姻を申し込んで即座に断られたイザークは呆然とその場に立ち尽くした。


コーディネーターの生殖機能は代替わりごとに低下しており、最近は遺伝子が対になる者と婚姻を結んで子孫を残すという政策がとられている。

母親が最高評議会議員に名を連ねている以上、その政策に反することはできず、イザークは自分と対になる遺伝子を持つ女の元へと足を運んだ。

話は通してある、と聴いていたのに振られてしまった。

そんなことがあっていいのだろうか。いや、良いわけがない。


憤りを胸に、イザークは近くのカフェに足を運んだ。少し落ち着いて今後の対策を考えようという算段だ。

「いらっしゃいませ」と声を掛けられ、空いている席を探して彼はため息を吐いた。

先ほど「パス1」などと抜かした女が窓際のカウンターテーブルに座っているのだ。

コーヒーを注文して彼女の隣の空席と思われる場所に腰を下ろした。

チラと目を向けた彼女は「うわ、ストーカー」などと呟く。

「誰の話だ、

「フルネーム……」



「言い直す」

「いちいちうるさいぞ、貴様」

苛立ちを隠そうとせず、ただ、室内であることを考慮して声を落としてイザークは抗議した。

「あなたもいちいち反応しなきゃいいのに」

肩を竦めていう彼女は視線を落として書籍より顔をあげた。

「珍しいな」

「何?」

「端末ではなく、紙ということがだ」

「軽いのは端末だけどね。味気ない。だから、端末で閲覧するのは持ち運びに苦労しそうなものだけにしてるの。こういう、物語系は紙をめくる方がより楽しめる」

「物語?」

「うん、童話」

意外に思ったイザークに彼女は肩を竦めた。

「なんだ?」

「思ってることが全部顔に出るのね」

「悪いか」

「そうね。色々と苦労してるのだろうな、とは思うけど。悪いとは思わない」

「……パスは何回までするつもりだ?」

「さあ?悪いのだけど、私はあなたの子供を産むために生きているんのではないの。生殖機能がどうの、っていうんだったら数撃てばいい話でしょ?いつか当たるんじゃないかしら?
あなたみたいにお金持ち美形な坊ちゃんならある意味選り取り見取りだろうから相手には困らないだろうし。人としてはサイテーになるだろうけどね」

ああ、そうか。

イザークは納得した。確かに、彼女の言うとおりだった。

だから彼は彼女に向き直り、姿勢を正した。

小さく首を傾げた彼女もイザークに向き直る。

「先ほどは失礼したしました。あなたの気持ちも考えず、只の制度のためだけに婚姻を申し込んだことをお詫びします」

眉をあげた彼女にイザークは言葉を重ねた。

「だから、まずは俺の事を知ってもらえないだろうか。俺もあなたの事を知ってみたい」

「まあ、あなたの立場を考えたら先ほどの言葉はきっと間違いではないのだろうとは思ってる。

むしろ、こうして言い直されたことに驚いたわ」

目を細めて言う彼女の様子をイザークはじっと見つめた。

「そのプロポーズ、お受けしましょう。そのうえで、あなたのことが嫌だったらパス2を行使するわ」

「一方的だな」

「別にあなたがパスを行使してもいいのだけれど。できないでしょ?」

「まあ、そうともいう。じゃあ、まずは俺の事は『あなた』ではなく名で呼んでもらえるか?」

「イザーク、ね。良いわ。お返しに私の名前も呼ばせてあげる」

「……それはどーも」

「では、さっそくなのだけれど。私、行きたいところがあるの」

「ほう?」

「図書館」

「同行しよう。俺もよく通っている」

「あら、意外」

笑って言う彼女にイザークは肩を竦めた。

「早く。置いてっちゃうわよ?」

立ち上がってテーブルの上に置いてる自分の書籍を鞄にしまいながら彼女がせかすが

「もう少し待て。俺は飲み始めたばかりだ。図書館は逃げんだろう」

とイザークがゆったりとコーヒーに口を付ける。

彼女は言葉に詰まり、大人しく今座っていた席に腰を下ろす。

「閉館というものがあるわ」

「だったらまた来ればいい」

「……そうだけど」

「まだ時間はある。なにせ、始まったばかりだ」

「……良いこと言ったとか思ってる」

彼女に指摘されて「思ってない」と反論したが実は図星でちらと彼女を見れば視線が絡まりニッと笑われる。

ばつが悪いイザークは彼女に背を向けてゆっくりとコーヒーを飲むことにした。









桜風
16.1.27


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