| のおなかもいよいよ大きくなった。 今まで妊婦というものを見たことがないイザークは少し不安になる。 これで、破裂しないのか? ちょっとだけ思った。だから、に聞いてみると 「うん、私も思ったから先生に聞いてみたの。大丈夫らしい。安心だね」 と笑う。 ラフは外科医だが、この家の近所の大きな病院に知り合いが居て、その知り合いがどうもラフに頭が上がらないらしく、どうやったかまでは分からないがラフがの主治医となっている。 本当に敵に回したくない人物だと思った。 何せ自分も、『結婚しても良いけど今すぐはダメ』と言われてそこからが大変だったのだから... 「う、」との唸り声にイザークが考えるのをやめる。 「どうした?」 部屋の中には以前ニコルの母から貰ったディスクに収められていた彼の最後の演奏が流れている。 クラシックは胎教にいいのだとが好んで流しているのだ。勿論、彼女自身がニコルの演奏が好きだというのもある。 「この子、ちょっとイキが良すぎる...」 と言いながらおなかを擦る。胎動を感じるようになって日に日にのそんな反応が増えた。 「大丈夫か?」 「まあ、赤ちゃんが元気な証拠だよね」 微笑んでおなかを擦るその表情は既に『母親』だった。 読んでいた本をパタリと閉じてイザークはのおなかにそっと触れる。 「あまり、母上を困らせるものじゃない」 まだ見ぬわが子を叱る。 その言葉を聞いてが勢い良く振り返った。 「な、何だ?」 自分のこの行動がおかしかったのだろうか?確かに、昔の自分だったら恥ずかしいとかそんな感情のお陰で絶対に取らない行動だ。 「そうだよ、イザーク」 「は?」 「私、この子に何て呼ばれよう?」 「はあ?!」 相変わらず時々珍妙な事を言う。 「どういうことだ?」 「イザークはエザリア様のことを『母上』って呼ぶでしょ?」 「ま、まあな」 可笑しいことだろうか? 「でも、私って『母上』ってガラじゃないと思うのよ。あ、イザークは断然『父上』ね?」 話が読めないから取り敢えず口を挟まず聞くことにした。 「やっぱり『お母さん』がいいかな?」 「...だが、例えば。俺が『父上』と呼ばれたとして、が『お母さん』となると、変にバランスが悪くないか?」 何でこんなに真面目に『バランス』とか考えているのだろう...? 自問自答が頭に浮かぶ。 「うーん、そうよね。でも、イザークは逆に『お父さん』って呼ばれるイメージじゃないよね」 そう言っては少し顔を顰める。またおなかを蹴られたらしい。 「大丈夫か?」 「うん。けど、本当に元気だわ。もしかしたら男の子かも」 そう言っては苦笑いを浮かべる。 「だから、診てもらったらどうだ?」 の生きていた時代でもある程度大きくなればおなかの子供の性別は分かるようだったらしい。 勿論、今のプラントの医学だったら楽勝だ。 だが、 「だって、生まれてきたときの楽しみがひとつ減るじゃない」 と言って頑としてそこは譲らない。 きっと、生まれてくる子供も結構頑固なんだろうな。自分だって人に言えた義理じゃないくらい頑固だし... 「しかしな。性別が分からないとベビー用品を買い揃えられないぞ?」 「でも、出産後ちょっと入院するでしょう?そのときに買えないのかな?」 「確かに。その間に買えるか...」とイザークは呟く。 母親であるがそう言うなら自分はこれ以上口出ししないようにしよう。 「あ、それよりも」 自分が話を展開させたのに勝手に収束させた。 まあ、いいかとイザークも気にしない。 「考えてくれてる?」 「ああ、それなりに。いくつか候補があるよ」 はイザークに子供の名前を考えて欲しいとお願いしている。 「ホント?楽しみ!」 そして、子供が生まれるまで自分には言わないで欲しい、と。これも出産後の楽しみのひとつだそうだ。 こんな風に話をしているときのは、いつもの表情で、まだあどけなさの残る少女だが、時々見せるわが子を愛しむようなそれは既に母親だ。 母親というものはとても大きな存在で、そしてどうしても敵わない。 がそんな風に変わっていることに感心すると同時に、何だか置いてけぼりをくらった気分になる。 それが少し寂しくて、もう一度、のおおきくなったおなかをそっと撫ぜる。 ドン、と衝撃があり、驚いてを見ると 「ね?イキが良いでしょ?」 と少し眉を顰めている。 まだ見ぬわが子の存在を感じたイザークは驚いたまま、少しだけ苦笑いを浮かべる。 「本当に、元気そうだな」 その表情は何処までも優しくて、そして心強く感じる。 イザークも少しずつ『父親』になっていた。 はそのイザークの表情に強い安心感を抱く。そんなことに気付かないイザークは少しだけ焦っていた。 |
桜風
07.7.25
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