第二ボタン





正門脇に立っている彼女を見つけた神はそちらへ足を向けた。

先輩」

振り返った彼女はその先に顔がないことを確認して首の角度を調整する。

「神くんは近いと首が凝るなぁ」

笑って言う彼女に神は「すみません」と言って一歩下がった。

「牧って実はモテモテって...意外と言うか何と言うか...」

苦笑しながらが言う。

卒業式の後の最後のHRを終えた3年は正門前に大勢留まっていた。友人や後輩たちとの別れを惜しむ姿が多く見られる。

そんな中、ただいま多くの女子に囲まれてたじたじになっている牧を見てはぬるい笑みを浮かべている。

あとでからかう気満々のようだ。

先輩は...」

「ん?」

先輩は誰かの..その...ボタンとか」

神の声は少し小さく、言葉は耳に届いてはいたが、何となく今は返事をする気にならなかった。


牧は今追い剥ぎに遭っている。

追い剥ぎと言うか、もうこれで最後と腹を括った女子生徒たちが彼の制服のボタンを引きちぎらんと迫っているのだ。

ブレザーの第二ボタンは何処だろう、とは考えながら見守っている。

「ねえ、神くん」

「はい」

「ブレザーの第二ボタンって何処?」

突然そういわれて神は「うーん」と真剣に悩み始めた。

「心臓に近いから、第二ボタンっていうんだよね?」

「そうなんですか?じゃあ、これ..かな?」

そう言って自分が着ているブレザーのボタンを指差した。

「なるほど」

「というか、そもそも第二ボタンに拘るのって何でなんですかね」

既にボタンのない牧はネクタイに手を伸ばされている。このままでは牧のストリップショーが始まりそうだ。

「今言ったじゃない。心臓に近いって」

「心臓..ですか?」

「心臓は英語で?」

「Heart。ああ、そういう意味なんですか?」

「たぶんね。昔そんなことを聞いた気がする」

心に近いから、第二ボタンを欲する。


だが、と神は牧を見た。

心を欲するならあんなに嫌がっている牧に群がるのは間違っているだろう。相手の気持ちを尊重してこその想いだ。

引退するまでは常勝海南大附属バスケ部のキャプテンで大黒柱。もちろん、彼は怒声を飛ばすし、指導が厳しかったりもした。

部活の外では面倒見の言い先輩で...あ、もちろん部活中も面倒見が良い。とにかく、パーフェクトな上級生だった。

少なくとも、神はそう思っている。

そんなパーフェクトな先輩が女子生徒に群がられてたじたじになっている。

しかしまあ、できれは見たくない絵面だ。

「牧の貫禄、台無しね」

苦笑してが言う。

先輩、助けてあげたらどうですか?ほら、何か助けを求めるような目をしていますよ。捨てられた子犬のような...」

神の言葉にはブッと噴出した。

「ガタイの良い子犬ねぇ」

「ものの喩えです」

「でも、今わたしが口出ししたらわたしが総すかんを食うし、何処からか全力疾走してくる馬に蹴られてしまう可能性があるわ」

しれっと言うに神は溜息をついた。

「それよりも、神くんが人身御供として囮になってあげれば良いじゃない」

「まあ、牧さんなら何とかできますよね」

尊敬する先輩をあっさり見捨てた神には声を上げて笑う。

「でも、まあ。卒業ですねぇ」

「2年間、お世話になりました」

そう言って神はに頭を下げた。

「約1年半だと思うけど?」

バスケ部のマネージャーのは夏の大会で引退した。引き止められたが、自分の将来の方が大切だ。


ー!」

少し離れたところでバスケ部3年が手を振っていた。

彼らもそれなりにもてるようで、制服のボタンはなくなっている。

「生意気」

は笑った。

「ねえ、神くん」

振り返ったに「はい」と返す。

「それ、来年の予約しても良いかしら?」

そう言って指差したのは、神が先ほど『第二ボタン』と判じたそれだ。

神は目を丸くして言葉を失った。

「検討のほど、ヨロシク。部活には時々顔を出すつもりだし」

そう言って駆け出したに向かって反射的に手を伸ばした神はその細い腕を掴む。

「いいんですか?『予約』なんてして」

神が言うと「ええ、自信あるもの」とは笑顔で答えた。

「1年なんてあっという間よ」

「だと良いんですけど...」

神の言葉にはクスクスと笑って「じゃあ、また!」と言って「ー!!」としつこく呼んでいる同級生の下へと駆けて行った。









桜風
10.3.1