| 「おはよう、」 朝早く教室にいると必ず声を掛けてくれる人が居る。 花形透。 翔陽高校バスケ部副キャプテンだ。 彼はいつも朝練の前に教室に荷物を置いて部室に向かっているらしい。 「おはよう」 「ずいぶん進んだな」 「でも、締め切りに間に合いそうにないんだけどね」 そう言うと花形君は苦笑いを浮かべて「がんばれよ」と言って教室を出た。 夏休みが明けたばかりだと言うのに、私は編み物をしている。 授業の課題で編み物か刺繍かと選択を迫られた。 とりあえず、刺繍は、こう『ちまちま』と言うイメージがあったので、ざっくりいけそうな編み物を選択。 課題はマフラー。 気が早いですよ、先生と訴えると放っておいてもこれから寒くなるんだし丁度良いでしょう?と返された。 そして、私が無意識に選んだ毛糸の色は、翔陽カラーのグリーン。 無意識にそれを選んだんだから、分かりやすいと言うか何と言うか... この課題を提出して、返されたら好きな人にプレゼントをする人も少なくないと聞く。 だから、みんな男の人が着けてもおかしくない落ち着いた色のマフラーを作成してるんだなって感心した。 しかし、例に漏れず自分の選んだ毛糸の色もそういう感じがして、ちょっとだけ恥かしい。 男子の方もそれを知っているようで、それも何だか恥かしい理由のひとつだったりもする。 私は元々器用なほうではない。寧ろ不器用だ。 これは私のせいではなく、DNAのせいだと声を大にして主張したい。 大雑把な性格も同じくDNAと脈々と受け継がれてきた我が家の伝統だと思う。 そんな感じで、この課題は私にとって苦痛この上ないものになっている。 家と休憩時間で追いつかないから、朝早くと放課後に学校でやっている。 私がいつものように休憩時間に課題に取り組んでいると 「ひとつ飛んでるぞ」 とすぐ側を通りかかった花形君に言われた。 「へ?」 「ほら、そこの編み目」 そういわれて見ると確かに。 「げ、」 ショックのあまり項垂れていると笑った気配がする。 「女子は大変だな」 そう言って私の前の空いている席に腰を下ろす。 「男子は何の課題があるの?」 余裕の花形君に聞いてみると 「ああ、デジタル時計を作ってる。壁にかけるやつ。女子と違って授業以外で出来ないってのがちょっと痛いな」 と言って笑う。 「へぇ...凄いじゃん」 「みんな同じ課題だけどな。女子はもうひとつあるんだろう?」 「でも、選択制だから。私は編み物を選んだだけ。刺繍は無理。『い〜!!』ってなりそう。これで既に『い〜!!』ってなってるのに」 そう言うと花形君が小さく笑う。 「何?」 「いや。なってるよな、確かに。『い〜!!』って」 改めて他人にそういわれると非常に恥かしいのですけど... 「でも、この間よりずいぶん進んだじゃないか」 「だから、締め切り間際なの...」 「...手伝ってやろうか?」 そんなことを言われた。 「へ?」 「それ」と言って私の手元のマフラー未満のものを指差す。 「出来るの?」 「まあ、多少は...」 かなりショック! 目の前の身長190センチオーバーの男子高校生は編み物が出来るらしい。 アレですよ、お見合いで 『ご趣味は?』 って聞かれたら 『編み物を少々』 とかって答えれるんだよ! う、羨ましい... でも、 「ううん、ありがとう。大丈夫」 私にだって女の意地ってものがある。 「そうか...?」 そう言って花形君は立ち上がった。 そして、私は先ほど指摘された編み目に戻るべく毛糸を解いていると、また花形君が前に座った。 「」 「何?」 「デジタル時計、要るか?」 そんなことを聞かれた。 「はい?!」 「いや、無理にとは言わないんだけど...邪魔になるようだったらいいんだ」 そう言って花形君は「どうだ?」ともう一度聞く。 「ほ、ほしい...」 思わず呟く。 「そうか。じゃあ、課題が返って来たらにあげるよ。まだ先のことだけど」 そう言って花形君が立ち上がる。 咄嗟に花形君の腕を掴んだ。太くて、しっかりしている腕にちょっとだけ驚く。私の手の大きさだったら全然掴みきれない。 「どうかした?」 首を傾げて優しく一言聞いてきた。 「や、あの...」 反射的に手が伸びたのであって、深い意味はないんだけど... 「じゃあ、私のマフラー。花形君にあげるよ」 そう言うと 「それは、楽しみだな」 と言って微笑む。 「や。でも、たくさん貰っちゃうか。花形君だもんね」 花形君の笑顔に落ち着かない私が言うと 「いーや。全部断る。の、楽しみにしてるから」 と言って立ち去った。 私は手元のマフラー未満のそれを見る。 締め切り間際。 里親決定。 後は私の腕次第。 一番の不安要素だけど、何とかなる! ように頑張るつもり。 根性で睡眠時間を削って編んでやっと締め切りに間に合って提出できた。 評価はあまりよくなかった。 どうしよう...?評価が良くなかったのに、あげるの?図々しくない?? そう思いながら渡せずにいた。 渡せないまま数日が経った。 花形君は何も言ってこないし、なかったことにしようかなって思ってたら女の子たちの噂を耳にした。 花形君は課題で編んだマフラーのプレゼント断っていて、未だに誰のも受け取ってないって。 あのとき、約束したから...? 翌朝、私は早く学校に来た。 編み物の課題をしてたときと同じ時間に。 「おはよう。久しぶりに早いんだな、」 いつものように、花形君が教室にやってくる。 「おはよう」 机の上においていた小さな手提げ袋を持って立ち上がる。 「花形君、これ」 渡すと 「ありがとう」 と花形君が受け取ってくれる。 「ごめんね、不器用だから...あんまり良い評価ももらえなかったよ」 照れ隠しにそう言い訳をすると 「いいや。頑張ってたからな、は」 そう言って袋から何とかマフラーになったそれを取り出した。 翔陽カラーのグリーン。 花形君が首に巻く。 不器用なりに、一生懸命編んだそれには昨日、少しだけ手を加えた。 同じ翔陽カラーで、『スキ』と苦手な刺繍を端っこに。 コレは花形君には内緒の気持ち。 ふと、花形君の視線が一点集中されている。 え、何? 「また編み目飛んでた?」 そりゃ評価もガタ落ちになるよ。 でも、それは違っていて私に向き直った花形君は 「俺もおんなじだな」 と言ってマフラーの端を軽く持ち上げる。 「え...?」 まさか... 「俺もが好きだよ」 と内緒の気持ちをあっさり発見した上に、そんなことを笑顔で言う。 「今度は手袋がほしいな」 花形君がそう言う。 「そのまっすぐを編むのにどれだけ時間がかかったと思ってるの?」 そう言ってみたら「そうだったな」と笑われた。 でも、何となくクリスマスまで頑張ってみようかなって思ってしまった。 そう思ったことは、まだもう少しだけ花形君には内緒ということで。 |