| 「ねえ、月下美人って花、知ってる?」 そう聞かれた言葉を私は忘れない。 高校に入ってから2回目の春がやってきた。 屋上のフェンス越しにグラウンドを見下ろす。 そこでは体育の授業が展開されていた。 「あ、サボリだ」 そう声を掛けられて振り返ると、今年も同じクラスの神宗一郎が居た。 「神だってサボリじゃん」 そう言うと何が可笑しいのか笑う。 「また見てんだ?」 そう言われた。 「いいでしょ?見守ってるだけなんだから」 「今のってさ、下手したらストーカー扱いされるよね」 呆れたようにそう言われた。 まあ、確かに少し危ないヤツに思われるかもしれない。 少しだけ、見守る回数を控えておこう。 「ところでさ、神はサボらない方が良いんじゃないの?」 「何で?」 「だって、あの優秀なバスケ部のスタメンでしょ?先生に与えるイメージって大切だと思うのよね」 「別に、気にしないよ」 そう言って肩を竦めて神は私の隣に立つ。 グラウンドを見下ろしながら、 「。いい加減さ、告白するなり何なりしたら?苦しいのは自分でしょう?」 そういわれて言葉に詰まる。 まあ、確かに。 「でもさ、中々すんなりいかないのよ」 「だろうね」 そう言って神が苦笑した。 それでも、そろそろ限界が来てる気がする。 はぁ、と溜息を吐けば、 「幸せが逃げるよ」 と神に言われて、またしても言葉に詰まる。 相変わらず、口の減らない男だな... 神に言われたってワケじゃないけど、放課後、彼を呼び出した。 意外なことにいい返事がもらえた。 驚いて、部活中であるにも拘らず、神にメールで報告した。 夜になって電話があり、 「良かったね」 と言われた。 神のその言葉が、現実味を強めてくれた。 それからは毎日楽しい学校生活だった。 大好きな人と一緒に居られることの喜びってのを噛み締め、いつしか、神と一緒に行動することもなくなった。 そんなことはあんまり気になることではなく、私は自分が楽しい毎日に酔っていた。 けど、そんな幸せはあっけなく脆く崩れ去った。 学校が終わったけど、先生に呼ばれて彼には待ってもらってた。 教師の説教を淑やかに聞き流してなるべく短時間で済ませて教室へ帰る。 教室のドアに手を掛けたところで、それが止まった。 教室の中には彼とその友達が居て、何か楽しそうに話してる。 邪魔しない方が良いだろうって思ってちょっと時間をつぶしてこようって思ったら、中から一際大きな笑い声が聞こえてきた。 「つうかさ、。あいつ全然使えねぇの。ほら、顔が良いから一応付き合うことにしたけどさ」 「え、お前。彼女いただろう?短大生の」 「そうだけど、遊びたいお年頃ジャン?でも、って意外と身持ちが固いんだよなー。すっげー遊んでそうだったから付き合ってやってるのに」 この彼の言葉で私の頭の中が真っ白になった。 何処に行けばいいのか分からないまま、足は屋上へと向かっていた。 悲しいという感情よりも、悔しいの方が勝っていた。 膝を立ててその間に顔を埋める。 声が漏れないように、歯を食いしばった。スカートに染みが出来る。 顔を上げたときにはもう日は沈んでいて、辺りは暗かった。 動く気にもなれず、まあ放っておいても明日は来るんだからこのままでいっかって思った。 突然屋上のドアが開き、人影が近づいてきた。 「ここに居た」 その声は、神だった。 「靴箱にまだ靴があったから、気になって教室に行ったら鞄もあるし。どうしたのかなって思って」 そう言って私の隣で膝をつく。 「泣いてる、の?」 殆ど灯りがないこの屋上ではお互いの表情は簡単には分からないと思っていた。 それでも、神はそう言った。 私は首を左右に振った。 「嘘だ。泣いてる。何があったの?」 神のその言葉でまたさっきの言葉が甦る。 膝の間に顔を埋めて歯を食いしばった。 不意に肩を抱かれてそのまま神の胸へと引き寄せられる。 「声を出して泣いた方がスッキリするよ」 そう言われた。 私は、神の言葉に促されるままに子供のように声を上げて泣いた。その間ずっと、神は優しく私の頭を撫でてくれた。 どれだけ泣いたのか分からないけど、声を出して泣いた後は神の言ったとおり、なんだかスッキリした。 神から体を離すと 「大丈夫?」 と優しい声で聞かれた。 「ありがとう」 手で涙を拭っていると神が「綺麗だから、これで拭きなよ」とタオルを貸してくれた。 「ねえ、月下美人って花、知ってる?」 神が聞く。 「聞いたことあるけど、あんまり知らない」 「月下美人はね。一晩だけ花を咲かせるんだ。香りが凄く良くて花も派手というか、存在感が有るというか...そんな感じの花なんだ。でも、翌朝には花は萎んでるんだ。 ちょっと儚いと思わない?でね、その花のことを知ったとき、何となくみたいだなって思った」 「私?」 「そう。って一見派手だし、しっかりしてるように見えるし神経が図太いというか。まあ、肝が据わってるって言うかんじかな? でもさ、実際は違うでしょう?意外と繊細だし、純情だし?可愛い面がたくさんあるよね。分かりにくいけど」 どう反応していいか分からない... 「儚さを備えてるよね。今みたいに、泣いちゃったり」 泣けって言ったのアンタだよ! 「でさ。これは提案なんだけど。俺と付き合わない?」 そんな事を言い出した。 「はい!?」 「たぶんさ、がアレだけ泣くってことはアイツ絡みかなって思ったんだ。違う?」 ふるふると首を振る。 「俺は、今更の意外性に驚いたり幻滅したりはしないよ。寧ろ、楽しめる自信があるし、泣いてほしくないって思う」 「でも...」 「アイツとは俺が話をつけるよ。もう、だってアイツと話したくないんじゃない?」 確かに、彼を目の前にしたら声が出ないかもしれない。 コクリと頷くと 「よし、決まり!」 と言って神の顔が近づいて私の唇に何かが触れる。 その何かってのは考えるまでもなく神の唇で、目の前の神は全く悪びれることなく微笑んでいる。 「決まりってそこまで決まりなの!?」 「当然でしょ?」 きょとんとした表情で神が当たり前のようにそう言った。 その神の表情に私は脱力して、 「ま、いっか」 呟く。 神は微笑みながら 「それで良いんだよ」 と言って再びキスをした。 |