紫君子蘭






今日は私の隣は休みなのかと思っていた。

それが3時間目の途中になってのっそり教室に入ってきた。

堂々と、前のドアから。

「重役出勤だな、仙道」

ちょっと嫌味ったらしい地学の教師にそんなことを言われた仙道は

「や。登校途中に妊婦さんが産気づいていて。病院まで一緒に行ったんですよ」

と何年前のベタな言い訳だ!?って感じの理由を述べた。

教師は明らかに信じていない。

「ほう?妊婦な...まあ、いい。座れ」

そう言われて仙道は自分の席、つまり私の隣に座った。

「おはよ」

と仙道が声を掛けてくる。既に『こんにちは』な時間だけど

「おはよ」

と私も返しておいた。


授業終了のチャイムが鳴って教師が出て行く。

「妊婦さん、ホントなの?」

「ホント。ビックリしたよ。蹲ってるから声を掛けたら第一声が『産まれる〜』だったんだからな」

そう言って思い出してまた困っていた。

「仙道って普通に寝坊で遅刻することが多いから、先生は信じてくれないね」

「まあ、今日のは理由として作り話っぽいから仕方ないけどな」

そう言って笑う。

「でも、ホントなのに...」

「いいんだよ。別に俺は気にしてない」

そう言いながらあくびをする。

、俺寝るから。昼になったら起こして」

そう言ってうつ伏せて寝息を立て始める。

私は君の妻か!

そう思いながら仙道の睡眠を見守ることにした。

仙道は勉強できなくても、最低限進級できれば進学先は選り取り見取りになるんだろうし。

ああ、羨ましい...


4時間目の授業は自習だった。

課題は出てるけど量は多くない。

突然仙道がむっくり起きた。

「おはよ」

声を掛けると少し寝惚け眼で

「もう昼?」

と聞いてきた。

「ううん。今4時間目だけど自習だから」

そう答えると「そっか」と言ってあくびを1回。

そして、机の端に畳んで置いておいたプリントを広げる。

「寝ないの?」

「目が覚めた。まあ、午後また寝ると思うけど」

と言ってシャーペンをカチカチ鳴らして芯を出していた。

真面目にプリントを解くなんて珍しい。

私の答えを丸写しで提出して、仙道は先生に怒られるってのがいつものパターンだというのに。

「たまには、自分でやっとかないとね」

私の思考を読んだのか、仙道がそう呟いた。


4時間目の終了のチャイムが鳴った。当番がプリントを回収している間に学食組はダッシュでそこへと向かう。

人気のメニューはあっという間になくなってしまう。

「仙道、今日も学食?」

「そう。あれ?も?」

「うん、珍しいっしょ?一緒行こう?」

「いいよ」と言って仙道が立ち上がる。

仙道はいつものらりくらりしてるけど、意外と紳士だと思う。私と歩くときにはちゃんと歩幅をあわせてくれる。

「仙道、何食べる?」

「うーん。今日もカレーかな?」

「カレーってそんなに美味しいの?」

「や。腹に溜まるから」

あっさりそう言った。質より量ってタイプらしい。さすが男子高校生。

仙道がカレー、私がカツ丼。カツを分けてあげるとそれはもう大喜びで感謝されてしまった...

そんな感じでお昼は一緒に過ごし、午後は予告どおり仙道はまた夢の中へと落ちていった。


放課後、何もかも終わったところで仙道を起こす。

というか、何度も声を掛けてるけど起きない。

「もしもーし。仙道さーん。部活に行かないと田岡先生とかキャプテンさんに怒られるんじゃないの?」

そう言って声を掛けるけど、起きない。

仕方ないので、仙道の肩を揺らした。

少し揺らすのも結構力が要る。重いのよ、190センチもある上に筋肉がついてるから。

「仙道さーん、起きてくださいよ〜。帰りたいよ〜」

そう言いながら律儀に仙道を揺すると少し反応があった。

お、これは行けると思った。

そして、ちょっとイタズラ心。

「もう朝よ。起きて、ア キ ラ」

と新婚っぽく耳元で声を掛けてみると、仙道が自分の頭に敷いていた右手をのっそり上げて私の顔を引き寄せて頬にキスした。

「おはよう、ハニー」

と言って笑う。

ガタガタ、と机を倒しながら後ずさる。

「な、何で!?もしかして!!」

「最初から起きてたよ。まさか、があんなことを言うなんてね」

と言って笑う。

うぎゃーーー!穴があったら入りたい!!

私が後悔の渦のど真ん中に居る最中、仙道は自分の鞄を持って立ち上がる。

「今度からそうやって起こして欲しいなー。ついでに、目覚めのキスをしてくれると嬉しいな」

そんなことを言う。

余裕綽々の仙道にムカツク。


「ふ、ふん!私のキスはそんなに安く無いわよ」

苦し紛れにそう言うと

「まあ、今度ちゃんと貰うから。期待してていいよ、

そう言って教室から出て行った。


何考えてるんだ、あの男!

さっき、最後の言葉を言い終わった仙道の笑みが頭から離れない。

自信に満ちたその笑顔は、今まで見てきた仙道のボーっとしているイメージを簡単に覆すものだった。

くっそー!思いっきりときめいちゃったじゃないか!!

自分が倒した机を直しながら、ドキドキしてる自分が何だか可笑しかった。











桜風
07.5.1
07.6.1(再掲)



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