| 隣を歩くがやけに静かだ。 部活帰り、既に日は落ちて空は星が瞬いていた。 牧は少し不思議に思いながらも彼女の歩調に合わせて歩く。今日はいつもよりもゆっくりで、たまに「うーん」と唸っている。 「どうかしたのか」と聞こうとして口を開くと同時に「ねえ、牧」とが見上げてきた。 「何だ?」 「キスして」 言われて牧は腰を屈める。 「それで、どうしたんだ。突然」 唇が離れてまた顔の距離が離れた。 「キスをする前に聞くと思ってた」 少し驚いた声でが言うが、「しても言いと言われたんだ。訂正される前にしとくべきだろう」と真顔で言う牧が可笑しくて彼女は思わず噴出した。 「それで、どうしたんだ?」 「今日の国語の時間でね。夏目漱石の話になったの」 「何だ、まだそこなのか?」 同じ学校で同学年、バスケ部の選手とマネージャー。ついでにキスをしてもされても本人達は勿論、周囲も驚かない仲。それが牧との関係だ。 クラスが違うため、授業内容は多少のずれがあるが、共通の話題のひとつではある。 「ううん。ウチの現国の教科担って漱石さんが好きみたい。ちなみに、あたしは『天は人の上に人を造らず』の人が印刷されているお札が好きだけどね」 蛇足情報を口にしたに「大抵はそうだろう」と牧が苦笑する。 「で、だ。その中で先生が言ったんだけど。夏目漱石が先生をしていたときに生徒に『I love you』を訳させたんだって。その人は『私はあなたを愛します』っていう感じに直訳されたらしいのよ」 「正解じゃないのか?」 牧の言葉にも「あたしもそれで良いとは思うけど」と頷く。 「するとね、漱石さんは独自の訳を口にしたんだって。『月が綺麗ですね』って。それで伝わるとかのたまったらしいの」 「のたまう、とか言うなよ...」 窘めるように牧が呟き、「それで?」と促した。 「それで、さっきからあたしなりの素敵な訳を考えていたの」 だから唸っていたのか... 牧は納得した。 腹でも痛いのだろうかとか心配したのだ。 「ん?ということは。さっきのが、の訳なのか?」 「うん、『キスして』くらいしか浮かばなかった」 少し恥ずかしげに彼女が言う。 「そうか」 頷いた牧は空を見上げる。 今日の月は三日月か...? 「ねえ、牧」 「ん?何だ?」 見上げていた視線をに戻す。 「牧は『I love you』をどう訳す?」 興味津々のが見上げている。 「そうだなぁ...」 考えるそぶりをして牧は腰を屈めてにキスをした。 「これ、だな」 「うわぁ、あたしと同レベルだわ...」 呆れたに「気が合って良いじゃないか」と牧は笑い、「ま、そうだね」と彼女も頷いた。 |
桜風
11.5.1
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